■事例1
シェア6割のメーカーの排他条件付取引(競合他社には技術援助しない)が違法とされた事例です。
公取委のガイドラインに照らせば結論にも理由付けにも違和感はない回答ですが、あえてシカゴ学派流に考えてみると、
「競合する技術購入者が参入すれば、技術の販売価格は、技術販売者の限界費用(交渉力は100%買手にあると前提)から、既存の買手の支払意思額まで上昇するが、既存の買手が独占維持による超過利潤全額を売手に支払っても売手の利潤増加を賄うには足りないので、排除を目的とする排他条件付取引はありえない。」
ということなのでしょう。
でもこのモデルは各需要者が1個ずつ購入することを前提にしていたり、そもそも技術援助における売手の限界費用って何なんだとか、技術援助における商品の数量って何なんだ、とか、売手が独占から複占に変わると価格が下がるのは理解できるけれど技術の買手が1社から2社に増えると技術の価格(ってそもそも何?)が上がるのか?など、考えるとよくわからなかったりと、単純なモデルを実際の事例にあてはめることの難しさを感じます。
一ついえることは、専属契約をすることで排除効果はありそうな事例なので、よほどの効率化が言えないと適法とするのは難しいのでしょう。
たとえば、他社にも援助すると自社への援助がおろそかになるとか、技術援助にともないこちらから提供した情報やノウハウが競合他社への技術援助に流用されてしまう、といったことが思い浮かびますが、主張としてはかなり弱いと思います。
■事例2
「交通インフラ施設の管理運営会社が,テナントとして出店している小売業者に対し,消耗品の販売価格の設定根拠について説明を求めること及び値下げの検討を要請することについて,独占禁止法上問題となるものではないと回答した事例」
ということで、これだけみると何のことかわかりませんが、事案をよく読むと、高速道路のサービスエリアでのガソリンの価格についての相談ですね(たぶん)。
回答では、
「① X社からの要請に従わないことの経済上の不利益は特段なく,小売業者は引き続き自己の販売価格を自主的に決定できること
② 消耗品αの小売業者に対して価格設定の根拠について説明を求めるにとどまり,値下げの検討の要請に当たって指標となる具体的な価格を示すものではないこと」
という2つの理由をあげています。
問題ないという結論自体には異論はないのですが、わたしは、理由は①だけで十分だと思います。
②も理由とすると、「指標となる具体的な価格を示す」と違法であるかのように読めますが、指標を示したって違法ということはないでしょう。
指標を示すとハブアンドスポークのカルテルだとか言い出す人がいるかもしれませんが、本件の事情ではカルテルのおそれはないでしょう。
ところで、モータージャーナリストの清水草一氏の
という記事を読んで初めて知ったのですが、
「2008(平成20)年まで、SAの燃料価格には上限制度があり、前月の全国平均価格(財団法人日本エネルギー経済研究所石油情報センター調査)を翌月に適用していました。」
ということなんだそうです。
この上限制度の廃止のせいかどうかわかりませんが、確かに、高速のサービスエリアのガソリンは高いです。
わたしの車はディーゼルですが、軽油が下道のスタンドよりリッター20円も高くて、それがわかって以来、高速では給油してません(しても10リッターだけ)。
以前の上限制度のほうが強制力のあるぶんずっと問題になったはずであり、問題なさそうなものは相談にいくけど問題がありそうなものはいかない、という姿勢が透けて見えます。
一方、従前の上限制度を何ら問題視していなかったのに、今回の件をわざわざ事例集で公表するのって、公取もなんだか間抜けだなあという気がします。
あるいは、もし以前の上限制度が相談されてたのなら、そっちのほうこそ公表すべきでしょう。
■事例3
住宅設備機器メーカーが、取扱店の工事費込みの価格を調査し公表することが問題ないとされた事例です。
工事費が取扱店によってまちまちなので安心して消費者に購入してもらうための取り組みということです。
回答では、取扱店の自由な価格設定を阻害しないことが理由とされていますが、もちろんそれで間違いではないものの、わたしは、問題の本質は、かかる価格の公表をしても公表価格が加減として機能することは考えにくく、むしろ上限として機能することが理由なんではないかと思います。
でも公取委の公式見解(建前)は、上限の拘束も下限の拘束と同様違法だということなので、そのような理由は口が裂けても言えないでしょう。
■事例4
プラットフォーマーが、ソフトウェア開発費用の一部を負担するのと引き換えに一定期間の独占配信権を得ることが問題ないとされた事例です。
市場の状況が細かく認定されていてなかなか興味深いですが、実務上興味深いのは、相談者が開発費の負担と独占配信権のバーター以外でも取引に応じることとしていることが、適法性の根拠の一つとされていることです(p16の①)。
なので、同様のアレンジを考える企業は、「援助を受けたいなら独占権。でも援助なしでいいなら非独占でも契約してあげる」というように、相手方に選択肢のメニューを与えてあげると、独禁法上有利にはたらきそうです。
考えてみれば当然のようでもあり、でも、過度に一般化するのは問題のようでもあり(事実上すべての取引先が独占を選ぶくらい好条件の援助なら、仮に複数メニューがあっても排除効果は大きいのではないか?)、なかなか評価のむずかしい条件ですが、分析の視点を与えてくれるという意味では貴重な相談事例であると思います。
なおこの事例では適法の理由が4つ列挙されていますが、最近あるクライアントの方がおっしゃっててなるほどとおもったのが、
「公取委の相談事例は理由が列挙されているだけで、結局どれがポイントなのかわからない」
というご意見でした。
独禁法の専門家であればどの事情がどれくらい競争制限や競争促進に効きそうかだいたいわかるのですが、たしかに、一般の人にはそれは難しいのでしょう。
なかなか難しい注文ではありますが、公取委の担当者の方は参考にしていただければ幸いです。
■事例5
競業他社へ販売委託することが問題ないとされた事例ですが、HHIを明示的に使っているのが興味深いです。
■事例6
輸送機械でシェア5割と3割の2社がレンタルサービスの小規模な実証共同研究をすることが問題ないとされた事例です。
いくら合計シェア8割でも、共同事業の範囲が限定されている場合には問題ない、ということなのでしょう。
特に問題はないと思います。
■事例7
旅客輸送事業者の事業者団体が外国人向けの共同利用券を発行して価格も共同で決めることが問題ないとされた事例です。
問題ない理由が5つ挙げられていますが(p23)、確かに、一般の方には、これを読んでもどれが大事な理由でどれが些末な理由か、にわかにはわからないでしょうね。
私の見る限り、一番のポイントは、
「③ X協会の会員による旅客輸送と代替的な旅客輸送の手段が複数存在すること」
ですね。
つまり、市場はもっと広いので、X協会会員だけで価格を共同決定しても市場支配力はない、ということです。
最初の
「① X協会の会員は、運航路線の発着地が共に重複しておらず、基本的に互いに競争関係にはないこと」
というのは、一見重要にみえて、実はあまり重視されていないと思います。
なぜなら、一部の路線とはいえ、
「一方の発着地が一致し、もう一方の発着地が近隣に所在する運航路線」
が存在するからです。
こういうのが一部でもある限り、理屈を突き詰めればその一部は合意の対象から除外すべきなのであり、除外しなくてもいいという理由は、代替的な旅客輸送手段が存在するという点に求めるしかないと思います。
これまでほとんど利用のなかった外国人向けだからいいんだという④の理由は、本件取組が競争促進的であることを強く示唆するもので、理屈の上では非常に大事ですが、シェア%になる価格の共同決定が競争促進を目的とするのでOKだとされることはまずないので、この理由は一般化することはとうていできないでしょう。
そういう意味で、実際にはこの理由はあまり重視されていないと思います。
④で利用期間と利用回数が制限されているからいいんだと述べられていますが、そもそもどのような制限なのかわからないので、この部分は何とも評価できません。
でも一般的には、共同決定の対象となる役務の範囲ないし供給量が限定される、というのは競争への影響が小さいことにつながりますので、一般論としては大きな問題はないと思います。
⑤の、協会は精算業務だけだとか、参加は強制されないとかいうのは、本件ではほとんど意味がない、というか、率直に言えば理由として挙げるべきではないと思います。
本件で問題になっているのはカルテルであり、任意参加のカルテルでも問題なのは明らかだからです。
⑤で、「会員」の参加を強制しないとか、特定の「会員」を排除しないとかも理由として挙げられていますが、「会員」にだけ目を向けるのは、よく考えるとおかしいです。
もしこのX協会のサービスだけで市場が画定されるならそれでもいいのでしょうけれど、市場がもっと広いとしたら、その広い市場でどうしてこの旅客サービスだけに限定していいのか(競合旅客サービスを排除していいのか)、うまく説明できないように思います。
よくわからないのが②の、個別の運航路線の共同決定ではないという理由です。
個別の路線の価格を決めなくても、全体の共通券の価格を共同で決めれば十分カルテルだと思うのですが、どうでしょうか。
もし同じ券を近隣路線どうしで異なる距離の輸送に使えるように設定できるというのなら価格競争があるということなのでしょうが、もしそうなら回答でもそう認定されているはずで、そうでないということは、きっと一週間乗り放題券とかいうのではないでしょうか。
そうすると、「個別の運航路線間の競争を制限することにはならない」(②)とはとうていいえないと思います。
というわけで、それぞれの理由の濃淡を考えてみました。
一般の人は理由が複数並んでいると重要なものから並んでいるのだ(①が本命だ)と思いがちなみたいですが、必ずしもそうでないということが分かると思います。
■事例8
共同配送が情報遮断措置を前提に問題ないとされた事例です。特に問題はないでしょう。
■事例9
共同調達が問題ないとされた事例です。
共同調達の対象が3社の全調達量の5%にとどまることが理由として重要です。
ただ、全調達量の一部にとどまるというのは川下の完成品市場への影響の評価としては意味がありますが、ほんとうは、調達市場(買う競争)への影響もみないといけないわけで、そうすると、調達市場において3社が占めるシェアを認定する必要があるはずです。
それを見ていないのは、供給者が外国に所在するので、買う競争の制限で害されるのは外国事業者だから日本の独禁法の問題ではない、というのが理由ではないか、というのが教科書的な分析ですが、最高裁(と公取)は行為が国内で行われているかぎり当然日本の独禁法が適用されるという立場でしょうから、やっぱり、単に分析し忘れただけではないか、という気がします。
■事例10
競争者に商品(建材)を供給することが問題ないとされた事例です。
2種類の商品が問題になっていますが、うち一つは、コストに占める当該支給材の割合が90%ときわめて高く、当事者の合算シェアも50%と、かなりきわどいライン(10%の部分しか競争の余地がない)です。
20%のシェアをもつ競合が2社いるのがポイント、つまり市場に3社いればいい、という判断なのでしょう。
また、供給を受ける側(シェア5%)が、生産をやめるくらいだったら競合から供給を受けてでも続けた方がいい、という判断だったのかもしれません。
あるいは、もともとシェア5%の相談者は競争圧力になっていない(消えても実害がない)という判断だったかもしれません。
■事例11
事業者団体が特定の曜日を休業日とする運動を推進することが問題ないとされた事例です。
いろいろ理由を述べていますが、会員に強制しないことが決定的に重要です。
■事例12
農協が、自分に出荷してくれた農家にだけ支援金を支給するのが問題ないとされた事例です。
農協による排他条件付取引や取引妨害が数多く問題になっている中で、なかなか思い切った相談事例だと思います。
問題なしとされた理由として大きいのは、支援金の額がわずか(農家の取扱高の1%未満)というのが大きいようにみえますが、ほんとうにそうなのかはわかりません。
取扱高というのが何を意味するのかよく分かりませんが、もしこれが当該農家の全売上のことなら、全売上の1%の支援金というのは、かなりインパクトのある金額だと思います。
まして農協の流通支配がこれだけ多くの事件で公取委に問題ないとされていることからすると、よくOK(&公表)したなぁ、と思います。
あと、支援金の交付期間が限定されていることも重要みたいですが、これも具体的な期間がわからないので何とも評価できません。
支援対象の農作物だけを扱う商系業者がいないというのも理由になっていますが(④)、これだって、作物によっては競争上重要ということはありえます。OKしたのだから、そうではない、という判断なのでしょうけれど、回答の文面だけからではわかりません。
というわけで、公取委がこれだけ農協を摘発している中ででもOKにしているわけですから、独占事業者による排他条件付取引でも問題ないとされる要素がたっぷり詰まっている相談事例といえます。
■事例13
農協が、その保有する商標権を付けた農作物を農家が出荷する場合、自分(農協)にだけ出荷するように求めるのが問題ないとされた事例です。
商標をつけたパックを農家に事前に交付するというのがちょっと変わっていますが、パックを使うときには農協に出荷して全数検査に合格することという条件がついていると解されるので、その条件をみたさずにパックを(農作物を包装する形で農作物と一体として商系業者に)譲渡することは、商標権の侵害になります。
商標法2条3項2号では、
「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為」
が商標の「使用」にあたるとされており、
「商品の包装に標章を付したもの」
というのは、ふつうは商品が包装されていて、その包装に商標がふされていることが多いのでしょうけれど、本件のように、包装だけが譲渡されて、その包装に商標が付されている場合も、
「商品の包装に標章を付したもの」
を譲渡したことになる、といっていいのでしょう。
とすると、商系業者へその包装を使って譲渡することは商標権の侵害であり、それをやめさせるのは商標権の正当な行使であって独禁法には違反しない、ということになります(21条)。
理由(p42)の③で、
「商系業者等は、商標αを付さない農作物Aを組合員等から調達することができ、農作物Aの調達市場から排除されないこと」
というのがOKの理由になっているのをどうみるかですが、これを反対解釈すれば、農協で全数検査して合格しいるという点をのぞけば商標αがついているのと品質的には変わらない(少なくともまったく同品種の)農作物を、自由に商系業者に販売していいからOKなのであって、もしそういうことまで禁じるなら独禁法上問題あり、ということになりそうです。
そしておそらく、そういう農作物を「αと同じ品種の作物です」といって販売するのは商標権の侵害にはならなさそうです。
不競法で有名なシャネルNo.5事件というのがありますが、あの事件で「シャネルNo.5と同じ香りのタイプです」といってシャネルに無断で香水を売るのが不競法違反にならないのと同様、「αと同じ品種です」といっても、商標権侵害にはならないわけです。
ということは、農協は商標権の使用の独占はできるけれど、商標を使って、世の中でその商標の商品だと認識されている品種まで独占することはできない、ということなのでしょう。
結論としてはそれで問題ないと思います。
あと細かいことですが、回答p41では知財ガイドラインが参照条文として挙げられていますが、知財ガイドラインは商標には適用されないので(注1)、引用条文としては間違っています。