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Channel: 弁護士植村幸也公式ブログ: みんなの独禁法。
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フリーテルへの課徴金の算定方法について

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倒産したフリーテルが「業界最速」などと不当表示をしていたことに対して、課徴金納付命令が2018年3月23日に出ています
 
その課徴金の算定方法が、同種事案で参考になると思われるので説明しておきます。
 
課徴金導入前、とある研究会で、携帯電話サービスの不当表示について課徴金を課すときに、算定基礎の売上はどれをとるのかなぁと、考えたことがあって、そのときには、「KDDI(株)に対する件(2013年5月21日)」を題材に考えました。
 
この事件は、KDDIが、「au 4G LTE」なる移動体通信サービスを提供するに当たり、あたかも、iPhone 5を使用した場合、2013年3月末日までに全国のほとんどで受信時の最大通信速度が75Mbpsとなるかのように表示していたが、実際には、75Mbpsで利用できるのは人口カバー率14%の地域であった。」という事件だったのですが、では課徴金額の基礎は、 
①不当表示期間中のiPhone 5の全ての通信料収入か、それとも、不当表示期間中に新規契約した加入者からのiPhone 5の通信料収入か、
 
②iPhone 5(端末)の売上も含まれるのか(そもそも端末は「商品」であり、通信サービス(役務)とは別物か) 
という2つの論点がありうるのかなぁ、という発表をしました。
 
そのときの私見は、①については全通信料収入だろう、②については端末は含まれないのだろう、というものでした。
 
条文をよむとそうとしかよめないと考えたからです。
 
でも実質的に考えると、①については、そうすると不当表示前に契約している人への売上にまで課徴金がかかることになり、売上と不当表示との間に因果関係がないのではないか?というのが問題意識でした。
 
理屈の上では、不当表示のために既存の契約者も他社に乗り換えなかった、ということがありえますが、正直、かなり苦しい理屈だと思います。
 
フリーテルの事件も、全通信料収入でした。
 
条文どおりとはいえ、これはけっこうたいへんなことです。
 
たとえば、不当表示前に既存契約者が10万人いて、不当表示中に不当表示をみて1万人が新規に契約した場合、その1万人分に課徴金がかかるのではなく、11万人分にかかる、というわけですから。
 
②の、端末代にはかからない、というのも、不当表示の対象が通信サービスという役務なのだから、条文からいえば通信サービスだけにかかるのだろう、考えました。
 
でも、フリーテル事件をみると、「本件役務」を、
「「FREETEL SIM」と称する移動体通信役務(スマートフォン端末と一体的に供給する場合は、当該スマートフォン端末を含む。」
と定義しているので、端末も含んでますね。
 
研究会での問題意識はまさに、KDDIでiPhone 5を買った人は表示通りの性能が出ると思ったから買ったわけで、もしそうでなかったらドコモやソフトバンクと契約した可能性があるわけで、それなのに端末には課徴金をかけなくていいのか?ということでした。
 
(KDDI事件の当時はSIMフリーのiPhoneは、まだありませんでした。)
 
なので、フリーテル事件では、この論点については、実質的に、端末と通信役務を一体ととらえる運用がなされたことがわかります。
 
あらためて考えてみると、条文上もそのように解することに大きな問題はないように思われますので、この処理が妥当なのかな、と思います。
 
今後は、どこまでが一体的な商品役務なのか、争いがありうるケースも出てくるかもしれません。
 
たとえば、スキューバダイビングスクールで授業料の二重価格表示があった場合に、一緒に売ったダイビングセット(ほかで買うことも可能)も対象になるのか?とかですね。
 
SIMフリーでは端末は自分で調達できるのにフリーテル事件では一体に評価されているので、ダイビングセットも課徴金の対象になる、という意見もあるかもしれません。
 
でも授業料の二重価格表示はダイビングセットの性能とは何の関係もないのだと考えれば、ダイビングセットには課徴金はかからないのでしょう。
 
それに対して携帯電話の場合には、通信速度はサービス(通信網)の性能でもあり、かつ、端末の性能でもある、といえるかもしれません。
 
でもSIMフリーなんだから端末は関係ないじゃないか、と考えれば、ダイビングセットと同じで、端末には課徴金はかけるべきではなかった、というのも一理あるような気もします。
 
なかなか難しいですねcoldsweats01
 
第一印象では、消費者庁の処理が正しいように感じていますが、もうちょっと考えてみたいです。
 
あと、フリーテルの事件では、課徴金対象行為の期間が2016年11月30日から12月22日までの約1か月間で、誤認解消措置をとったのが2017年5月31日です。
 
そのため課徴金対象期間は約6か月間になっています。
 
この事件で措置命令が出たのが2017年4月21日ですから、措置命令が出たのに誤認解消措置まで約1か月かかっていることになります。
 
もし不当表示をやめた(2016年12月22日)のが、消費者庁の調査を受けたためだったとすると、調査を受けてから誤認解消措置まで5カ月もかかっていることになります。
 
そういうわけで、本件では約6か月の課徴金対象期間で約9000万円の課徴金がかかっているので、もし不当表示をやめてすぐ誤認解消措置をやっていれば、9000÷6=1500万円くらいですんだことになります。
 
というわけで、こういう継続的取引の事件で不当表示をしたときには、さっさと誤認解消措置をしないとどんどん課徴金が積みあがっていく、という見本のような事件です。
 
でも考えてみると、継続的取引の場合には、誤認解消措置をとったらそのあとの売上に課徴金がかからないというのも、なんだか釈然としませんね。
 
不当表示につられて契約した人がそのまま契約し続けることもけっこうあるように思われるからです。
 
理屈としては、不当表示でだまされたと思った人は他社に乗り換えるからそれでいいんだ、ということでしょうか。
 
でもそうすると、今問題になっている、2年縛りとかがあると、そう簡単に乗り換えられない、という問題もありそうです。
 
というように、細かく考えていくと、課徴金の算定はこれでいいのか?という疑問がわいてくるのですが、非裁量型課徴金というのは(独禁法でもそうですが)単純に計算できないと制度として回っていかないところがあるので、やむをえないのでしょう。
 
 

【お知らせ】ジュリスト事例速報に寄稿しました

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ジュリストの6月号(1520号)の独禁法事例速報で、
「国際的事業提携がカルテルに発展した域外適用の一事例」
という題名で解説を書かせていただきました。

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ハードディスクドライブ用サスペンションのカルテルに関する2018年2月9日排除措置命令の解説です。
 
最初に有斐閣さんから依頼を受けたときは、なんかカルテルの事件なんて今さら書くような論点ってあるのかなぁと思ったのですが(失礼!)、命令書をじっくり読んでみるとなかなか味のある事件で、勉強になりました。
 
解説でも触れましたが、域外適用については、ブラウン管事件最高裁判決(平成29年12月12日)が
「価格カルテル(不当な取引制限)が国外で合意されたものであっても、
 
当該カルテルが我が国に所在する者を取引の相手方とする競争を制限するものであるなど、
 
価格カルテルにより競争機能が損なわれることとなる市場に我が国が含まれる場合には、
 
当該カルテルは、我が国の自由競争経済秩序を侵害するものということができ」
日本の独禁法を適用できるとの基準を示しましたが、これをそのとおりにあてはめると(本件での結論は当然だと思いますが)、じつにえらいことになるのではないか、という思いがこの排除措置命令を読んでさらに強くなりました。
 
だいたい、最高裁のいう、「市場に我が国が含まれる」って、どういう意味なのか、よくわかりません。
 
たしかウィトゲンシュタインか誰かが、
時間についての哲学者の混乱は、時間の長さの測定を棒の長さの測定と類比的に考えることから生じる
というようなことを言っていたと思いますが、最高裁の判例も、なんだか「市場」というものを場所的な概念ととらえているような、「時間」の概念の混乱を生じさせるのと同じような(もっといえば、それ以上に無用な)混乱を生じさせそうで、理屈を突き詰めないと納得できないわたしなどは、それだけで拒絶反応を示してしまいます。
 
(最高裁は、あえて意図的に、どうにでも柔軟に解釈できる基準を示した、ということなのでしょうけれど。)
 
域外適用についてはいろんな人がいろんなことを言っていますが、私個人としては、国際法の一般論に競争法が引っ張られるのはあまりよくなくて、競争法独自の考え方があるべきだと考えています。
 
以前、『英米法判例百選』を執筆したときにいろいろ調べたのですが、国際法で域外適用を考える場合って、たとえば、
アメリカとメキシコの国境で、アメリカ側からメキシコ側にいる人を射殺した場合、アメリカ法適用できるか
というような例を用いながら議論するんですね。
 
そして通常は、結果はメキシコで発生しているけれど、行為はアメリカで発生しているので、アメリカ法を適用できる、というわけです。
 
でもそんな理論を競争法にそのまま持ち込むのは、わたしはまちがいだと思います。
 
いくら著名な国際法学者でも、競争法のことまで考えて議論しているわけではないでしょうから、競争法では競争法の専門家がきちんと発信しないといけないと思います。
 
(余談ですが、同じく『英米法判例百選』を書いたときに思ったのですが、アメリカが議論の前提としている域外適用って、カナダとかメキシコなんですね。州の間での「州外適用」と、国家間の「域外適用」を同じだと言い切る裁判例もあったり、感覚の違いに驚かされます。)
 
ブラウン管事件の高裁判決あたりまでは、
「競争法の常識は、法律の非常識、なのかなぁ」
と、なんとなく他人事のように考えていましたが、最高裁判決のよくわからない規範や、それをそのまま採用したかのようなサスペンションカルテルをみると、そんなのんきなことは言ってられない、と認識を改めています。
 
と、域外適用についてもいろいろと論ずべきところはあるのですが、サスペンションカルテルの排除措置命令では、事業提携からカルテルにいたるまでの経緯というのが結構詳しめに認定されていて、おもしろかったです。
 
厳密に言えばそういう背景事情は、命令の結論には関係しない「余事記載」なのでしょうけれど、あまり骨と皮だけの命令ではわけがわからないので、公取委にはぜひ、こういう「余事記載」を積極的にするように期待したいです。
 
というわけで、ご興味がある方は、ジュリスト事例速報をご一読いただけるとうれしいです。

自他共通割引券の「他の事業者の供給する商品又は役務」の意味

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総付運用基準4(2)では、
「自己の供給する商品又は役務の取引
 
及び
 
他の事業者の供給する商品又は役務の取引
 
において共通して用いられるものであって、
 
同額の割引を約する証票」
が割引券に該当し、総付の金額規制の適用除外とされています。
 
いわゆる自他共通割引券の総付適用除外です。
 
さて、ここで、
「自己の供給する商品又は役務の取引」
の意味については、総付運用基準には定義はありませんが、定義告示運用基準3(1)で、
「「自己の供給する商品又は役務の取引」には、
 
自己が製造し、又は販売する商品についての、
 
最終需要者に至るまでのすべての流通段階における取引が含まれる。」
と明記されています。
 
つまり、メーカー(自己)にとっての「自己の供給する商品又は役務の取引」には、当該メーカーの商品を販売する小売店と消費者との取引も含まれる、ということです。
 
これは、「自己の販売する」ではなく、「自己の供給する」とされていることからも明らかといえます。
 
(小売店から買った商品もメーカーの「供給」する商品であることに変わりはない、という意味。)
 
では、
「他の事業者の供給する商品又は役務の取引」
についてはどうでしょうか。
 
これについては、定義告示運用基準はもちろん、他の景品関係の告示や運用基準のどこをみても定義はありません。
 
では、
自己の供給する商品又は役務の取引」
自己が製造し、又は販売する商品についての、最終需要者に至るまでのすべての流通段階における取引(も含まれる)」
と定義したのと同様に、
他の事業者の供給する商品又は役務の取引」
他の事業者が製造し、又は販売する商品についての、最終需要者に至るまでのすべての流通段階における取引」
と定義してよいか、というと、ちょっと問題があります。
 
というのは、もしそのように定義してしまうと、メーカーAが製造する商品Aを小売店Bが販売する場合において、メーカーAが商品Aの割引券を(小売店Bから商品Aを購入する消費者に)提供すると、自他共通割引券の定義に該当してしまいかねず、そうすると、一定率の割引券が「割引券」に該当しなくなってしまうからです。
 
つまり、そのような割引券は、
「メーカーAの供給する商品・・・の取引
 
及び
 
小売店Bの供給する商品・・・の取引
 
において共通して用いられるもの」
に該当するので、
「同額の割引を約する証票」
でないかぎり、総付の適用除外にならないことになってしまうのです。
 
ただ、よく考えてみるとこれは
「他の事業者の供給する商品又は役務の取引」
をどう定義しても出てくる不都合であり、この不都合を回避するには、自他共通割引券を、
「自己の供給する商品又は役務の取引
 
及び
 
他の事業者の供給する商品又は役務の取引(自己の供給する商品又は役務の取引を除く)
 
において共通して用いられるものであって、
 
同額の割引を約する証票」
とでも定義するしかないように思われます。
 
ただ、そのような定義は論理的には正しいかもしれませんが、一見しただけではその意図すら測りかねるような、複雑怪奇な定義だと言わざるをえないでしょう。
 
大事なことは、メーカーAが自社製商品Aを小売店Bを通じて購入する消費者に提供する割引券は、自他共通割引券ではなく、たんなる自社割引券である(よって、値引きなので、そもそも景品類に該当しない)、ということです。 
 
なので、一定額だけでなく、一定率の割引券(2割引券など)も、たんなる値引きとして問題なく提供できます。

景品QA57番の疑問(ポイント充当額は「取引価額」か)

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消費者庁ホームページの景品に関するよくある質問の57番に、
 
「当店ではポイントカードを発行しており、100円お買上げごとに1ポイント提供しています。
 
貯まったポイントは次回以降の買い物の際に1ポイントを10円として支払に充当することができます。
 
この度、2,000円のA商品の購入者を対象とする懸賞企画を実施しようと考えているところ、
 
A商品を購入する際に、貯まったポイントを使用した場合であっても懸賞企画に参加することは可能とします。
 
このように貯まったポイントを対価の支払に充当することにより商品を購入することが可能な場合の取引価額はどのように考えるのでしょうか。」
 
という設問があり、その回答として、
 
「本件の場合、貯まったポイントをA商品の購入の際に使用するか否かは購入者の判断によるものであり、
 
貯まったポイント分を対価の一部に充当することによりA商品を購入することは、
 
現金とポイントによって2,000円という対価の支払が行われたものと考えられるので、
 
本件における取引価額は2,000円となります。」
 
と回答されています。
 
まあ消費者庁がこれでいいというんだし、景品規制で措置命令が出ることはまず考えられないのでとやかくいう必要はないのかもしれません。
 
しかも、このような解釈でないとこの手の企画は回っていかないのだろうとも想像されます(ポイント充当者には懸賞参加資格を与えないとお客さんが怒りそうだし、ポイント充当額(の裏返しの、現金支払い額)で参加資格を判断するのはめんどう)。
 
しかしそれでも、このQ&Aは、理屈としてはおかしいと思います。
 
というのは、景表法上、ポイント制というのは、複数の取引を条件とする値引きと整理されており、値引きされた部分をふくめ「取引価額」というのは矛盾があるからです。
 
つまり、定義告示運用基準6(3)アで、
 
「取引通念上妥当と認められる基準に従い、取引の相手方に対し、支払うべき対価を減 額すること(複数回の取引を条件として対価を減額する場合を含む。)」
 
とされていますが、この中の、
 
「複数回の取引を条件として対価を減額する場合」
 
という部分が、割引券やポイント制を想定しているものです。
 
つまり、最初の1000円の取引でポイントが10%(=100円)ついて、次の取引(たとえば2000円)にポイントを充当すると1900円で買える(100円値引きされる)、ということです。
 
この場合、2つめの取引の取引価額が1900円であることは、あきらかだと思います。
 
もしQ&A57番のように、ポイント充当分も取引価額を構成するという立場をとるなら、ポイントは値引きではない(ポイントという独自の財貨による支払充当である)と整理しないといけないでしょう。
 
でも、現行の告示や運用基準のどこをみても、そのような整理(ポイントが独自の財貨であるとの整理)が出てくるのか、わたしにはわかりません。
 
もしポイントが独自の財貨だという整理をしてしまうと、「値引」の3類型、つまり、
 
①減額(定義告示運用基準6(3)ア)
 
②割り戻し(同イ)
 
③増量値引(同ウ)
 
のどれにも当たらないことになり、そもそも値引と整理できなくなり、ひいては、ポイントは景品類なので取引価額の2割までしか提供できない、という困ったことになりかねないように思います。
 
それに、Q&A57番の、
 
「貯まったポイントをA商品の購入の際に使用するか否かは購入者の判断によるものであり」
 
という部分も、なぜそれが「値引」でない理由になるのか、さっぱりわかりません。
 
それはたんに、購入者が、今回の商品Aの取引で値引きを受けるか、それとも値引きを受けないか(将来の取引のためにポイントをとっておくか)を選択できるというだけで、今回の商品Aの取引で値引きを受けることを決めた以上、値引き以外の何物でもないのではないでしょうか。
 
Q&A57番のような解釈でないとこの手の企画は回っていかないんじゃないかということを上に述べましたが、これも考えようで、現金で2000円払った人にだけキャンペーン参加資格を与える、というのは何もおかしくないような気がします。
 
しかも、「取引価額」の考え方については、総付告示運用基準1(1)(懸賞告示運用基準でも準用)で、
 
「 購入者を対象とし、購入額に応じて景品類を提供する場合は、当該購入額を「取引の価額」とする。 」
 
と、はっきり書いてあるので、ポイント充当額も「購入額」を構成するのだと解釈しないかぎり、この規定と矛盾してしまいます。
 
(でも、ポイント充当額はあくまで「値引」であり、「購入額」にはふくまれようがないことは、先に述べたとおりです。)
 
というわけで、このQ&Aは、理屈の上ではおかしいのですが、消費者庁が実務の必要性に配慮して理屈を曲げてくれたと好意的に取るべきなのでしょう。
 
それでも、景表法のアドバイスをする弁護士としては、理屈だけで答えると消費者庁の解釈とはちがう解釈になることがあることを印象づけられるものであり、つくづく、景品規制のアドバイスはむずかしいと思わされます。

「携帯電話市場における競争政策上の課題について(平成30 年度調査)」について

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6月28日に公取委から掲題の報告書が出ました
 
あまりにひどい内容で、絶句しました。
 
このところの公取委の報告書は、
 
ビッグデータの報告書では非常に意欲的な議論を展開し、
 
LNGの報告書では緻密な情報収集できわめて説得力のある議論を展開し、
 
フリーランスの報告書では今まで光の当たらなかった分野に切り込み、
 
と、個人的には非常に高く評価していたのですが、この携帯電話報告書の内容は、とても残念です。
 
2年縛りや4年縛りが独禁法違反になりうるというのが大々的に報道されていますが、その根拠が今まで聞いたことがないようなものばかりで、きわめて薄弱です。
 
たとえば、端末とのセット販売について、
 
「端末市場において,MNO各社が販売する端末のシェアは約9割であり,また,前記販売方法〔セット販売〕がMNO各社によって並行して採られているという状況を踏まえれば,前記販売方法〔セット販売〕が,他の事業者の事業活動を困難にさせる場合には,独占禁止法上問題となるおそれがある(私的独占等)。
 
この場合,MNO相互の意思の連絡が無く,MNO各社の個別の判断に基づくものであったとしても,それぞれの行為が独占禁止法上問題となるおそれがある。」
 
というように、市場シェアが高い事業者(端末シェア9割)の間で並行的な行為が行われている場合にはまとめて市場支配力をみるという議論など、欧州のcollective dominanceの議論をほうふつとさせますが、日本ではそんな議論はありません。
 
(まあ、議論くらいは誰かがしてるかもしれませんが、事件はありません。)
 
その他、そもそもセット販売がどのように反競争効果を持つかについて、同報告書ではわずかに、
 
「通信と端末のセット販売において端末代金を大幅に値引く販売方法は,
 
端末の大幅な割引に誘引される消費者をそのような販売方法を採ることが可能なMNO3社との契約へ誘引するため,
 
MVNOに対し,MNOは競争上優位な地位を獲得する。」
 
というだけです。
 
でも、それほどセット販売が競争優位につながるなら、MVNOもそうするはずであり、そうしないのは、そうする必要がないだけなんじゃないでしょうか。
 
どうしてもセット販売が必要なら、MVNOも端末を仕入れたり、端末を別途購入した消費者に対して端末補助金として現金を渡せば、セット販売と同等の経済効果が出るはずであり、それをしないのは、そんな迂遠なことをしなくても、通話料を安くすることで十分戦えるからなんじゃないでしょうか。
 
MVNOがセット販売ないしセット販売と経済的に同等の販売方法を取れない法律上その他の制限でもあるんでしょうか。
 
2年縛りについては、
 
「独占禁止法の観点からは,
 
2年縛りのないプランの料金が2年縛りを正当化するためだけに名目上設定されたもので,実体のある価格と認められず,
 
全体としてみて利用者を2年間拘束すること以外に合理的な目的はないと判断される場合に,
 
他の事業者の事業活動を困難にさせるときには,
 
独占禁止法上問題となるおそれがある(私的独占,取引妨害等)。」
 
とされていますが、何が言いたいのかさっぱりわかりません。
 
これだと、2年間拘束すること自体が違法(当然違法)、といっているかのようです。
 
それに、ほかの部分にも繰り返し出てくるのですが、
 
「他の事業者の事業活動を困難にさせるときには,」
 
といっても、ただそういっているだけだり、どのようなメカニズムで他の事業者の事業活動を困難にするというのか、何の説明もありません。
 
たとえば、MVNOも2年縛りをすればいいじゃないか、という反論がすぐに思いつきますし、MVNOが2年縛りをしたときにMNOがやるのとなぜ違う評価がなされるのか、本報告書の説明からはわかりません。
 
それに、ここで取引妨害を持ち出すのも大きな問題です。
 
というのは、取引妨害は行為要件による縛りがなく、かつ、市場競争への悪影響も不要ということで、
 
「困ったときの取引妨害」
 
と揶揄されるくらい、なんでも違法にできてしまう、非常に取扱注意の条文です。
 
そこで、こういう「なんでもありじゃないか」という批判に対して、行為がそれ自体不当なものに限定しているので問題はないんだ、と反論されることがあるのですが、2年縛りのどこが、それ自体が不当な競争手段といえるのか、わたしにはさっぱりわかりません。
 
こういう報告書がでると、排他条件付取引はいうにおよばず、たんなる長期間の契約(しかもたった2年!)まで独禁法違反になりかねず、おおいに問題です。
 
下取りした中古端末を国内で販売させないようにすることが独禁法上問題だというのが平成28年の報告書でも指摘されたのですが、このとき、ある携帯電話会社の法務の人に話を聞いたら、
 
もともと中古端末の大部分は事業者からのものであり、消費者からの下取りなんて全体からみたらわずかなもので、しかも消費者が使ったものは荒く使われていることが多いから国内では流通させないようにしているだけで、競争制限のつもりはぜんぜんない。
 
でも公取委が中古端末の国内転売制限をやめろというなら、やめますけどね(べつにビジネス上困ることもないので。)
 
という話でした。
 
つまり、公取委の指摘は、ぜんぜんピントがずれている、ということです。
 
今回の報告書でも中古端末の販売制限が取り上げられており、
 
「特に,4年縛りを含め,MNOの端末下取りプログラムを利用する消費者が多い場合に,
 
MNOが下取りした端末について,
 
上記のようにその販売先の事業者に対して国内市場への販売を制限したり,
 
国内で中古端末を販売する特定の事業者に対して販売しない又は著しく不利な条件で販売したりするときには
 
独占禁止法上問題となりやすい。」
 
と述べられていますが、端末下取りプログラムの利用者が「多い」として、そこから中古市場に流れるものが全体のどれだけなのかという視点が、まったくみえません。
 
この報告書が依拠するデータは、要するに各社の市場シェアと消費者へのアンケートだけであり、よくこれだけ薄弱な根拠でこれだけ思い切ったことがいえるなぁと、ほとんどあきれるほかありません。
 
この報告書の中には、「スイッチングコスト」とか「現状維持バイアス」とか、経済学の用語がちらほら出てきますが、ほんとうに意味を分かって使っているのでしょうか。
 
少なくとも、「スイッチングコスト」と「現状維持バイアス」と高い市場シェア(でも1社で過半ところはどこにもない)、だけで、2年の契約が独禁法違反だという結論をみちびくなんて、たいへん乱暴な議論です。
 
この報告書を見ていると、携帯電話市場には、ほかの市場とはちがった独禁法があるんだ、といわんばかりです。
 
(ひょっとしたら公取の本音はそうなのかもしれません。←ブラックジョークのつもり)
 
でも、何の説得的な説明もなしに、2年の契約が取引妨害だという報告書が出たら、それが独禁法一般に適用されるという議論が出てきてもおかしくないでしょう(法律論とは、ほんらい、そういうものでしょう。)
 
この報告書の概要を報道で知ったときは、
 
「また公取は、事件として立件できない(したら裁判所で負ける)行為を実態調査報告書とかでコントロールしようとして、姑息だなぁ」
 
と思いましたが、その懸念は杞憂でした。
 
なぜなら、こんな報告書を真に受けるMNOはない、と思われるからです。
 
くりかえしますが、LNGの報告書であれだけ緻密な分析をした公取とは思えない、きわめて雑で手抜きの報告書です。
 
LNGの報告書が出たときは、外国のLNGメーカーから、「この報告書は公取委の通常の考え方なのか」という意見を求められ、通常の意見だと思う、という回答をしました。
 
もし今回同じ質問を受けたら自信をもって、「通常の考えではない」と答えられます。
 
それくらい、この報告書の内容はひどいです。
 
報道では、公取委の報告書は携帯各社に重い課題を突き付けた、みたいな論調が目立ちますが、お上の言うことが何でも正しいわけではありません。
 
(私が独禁法を専門にしているのでそう感じるのかもしれませんが)とくに、公取委の場合は、そうです。
 
報道各社さんも、もう少し勉強された方がいいと思います。
 
べつに私は、2年縛りや4年縛りが、良いとも悪いとも思いません。
 
でも、良いとか悪いとかの話ではなくて、それを独禁法違反というのは、大きな問題です。
 
独禁法というのは、条文があいまいなだけに、なんでも違法にしようと思えばできる法律です。 
 
それだけに、理論的な基礎づけをきっちりしないといけません。
 
今回、2年縛りが取引妨害にあたりうるという報告書が出たことで、まさに、そういう「何でもあり」の懸念が出てきました(少なくとも、まともな法律家なら、そう思うはずです)。
 
(ただし、現実的なことをいうと、公取委で報告書を作る部署と審査を担当する部署はちがうので、報告書で取り上げられたからと言ってすぐに事件調査に結び付くわけではありません。
 
公取委で報告書作成を担当した人に「この報告書のテーマでの事件調査は今後増えるのでしょうか」と聞いても、「わたしは審査部ではないので・・・」という答えがでるのがおちです。)
 
国家権力は常に国民の基本的人権を侵害する可能性があります。
 
そのような観点から、独禁法の専門家として、また、国家権力の濫用に目を光らせる使命を負った在野法曹として、今回の報告書は見過ごすことはできないと思いました。

老人ホーム「イリーゼ」に対する措置命令について

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HITOWAケアサービス(株)という、老人ホーム運営会社が、7月3日、老人ホーム告示違反で措置命令を受けました
 
違反の内容は、パンフレットに、
 
「終の棲家として暮らせる重介護度の方へのケア」
 
「寝たきりなど要介護度が思い方もお過ごしいただくことができます。」
 
「ご希望の方には、医療機関と連携しご家族様のお気持ちに寄り添いながら看取り介護にも対応しております。」
 
と記載していたのに、実際には、
 
「入居者の行動が、
 
他の入居者又は自社の従業員の生命若しくは身体に危害を及ぼし
 
又は
 
その切迫したおそれがある場合であって、
 
イリーゼにおける通常の介護方法又は接遇方法ではこれを防止することができないときは、
 
当該入居者との入居契約を解除すること」
 
があった、というのが、老人ホーム告示6項違反とされました。
 
老人ホーム告示6項では、
 
「有料老人ホームにおいて、
 
終身にわたって入居者が居住し、
 
又は
 
介護サービスの提供を受けられるかのような表示であって、
 
入居者の状態によっては、
 
当該入居者が当該有料老人ホームにおいて終身にわたって居住し、又は介護サービスの提供を受けられない場合があるにもかかわらず、
 
そのことが明りょうに記載されていないもの」
 
が、不当表示として指定されています。
 
しかし、これって、事業者に厳しすぎないでしょうか。
 
告示6項の、
 
「入居者の状態によっては」
 
というところからイメージされるのは、要介護度が重くなったとか、本人の健康状態の悪化とか、そういうことなんじゃないでしょうか。
 
これに対して、本件の「実際のところ」は、
 
「入居者の行動が、他の入居者又は自社の従業員の生命若しくは身体に危害を及ぼし」
 
というようなことだった、ということです。
 
でも入居者の行動が人の生命身体に危害を及ぼす場合に退去させられることがあるなんて、あたりまえのことのような気がします。
 
それをいちいち明確に表示しないと不当表示というのは、告示6項の読み方として、ちょっと厳しすぎるように思うのです。
 
そして措置命令の「実際には」の認定は、その書き方からあきらかに、入居契約の文言のようにみえます。
 
でも、本件でいちばん大事なのは、入居契約の文言ではなくて、実際にどうだったか、ということなんじゃないでしょうか。
 
つまり、実際に解除した事例があったのか、あったとして、ほんとうに周りの人に危害を加えるおそれがあったのか、ということが大事なははずです。
 
わたしは常々、
 
「契約書で消費者に不利な条項はきちんと広告で表示しておかないと不当表示になりますよ」
 
と説明していますし、その意味で、本件措置命令は、ありうる判断だとは思います。
 
たとえば、入院保険の約款で、入院給付金の条件に、パンフレットに記載がないような条件があるような場合です。
 
事例としては、日本生命のがん保険のパンフレットが公取委の排除命令の対象になったものがあります(2003年)。
 
でも、人に危害を加えるおそれがある場合には退去させることがあるというのはあたりまえのことであり、それを表示しておかないと不当表示になる、というのはちょっと厳しすぎるように思うのです。
 
本件は指定告示の事件で(なので課徴金もかかりません)、老人ホーム以外には理屈の上では関係ない事件ですが、告示6項自体は景表法の一般論からそれほどはずれた規定ぶりではないので、考え方としては、優良誤認表示や有利誤認表示にも適用があったとしてもおかしくないと思います。
 
たとえばアパートの賃貸借契約で、退去時に敷金から床面積に応じた清掃費を控除する、なんていうのも、不動産屋さんの広告に明示しないといけないんでしょうか?
 
重要事項説明書に記載するのでは不十分なのでしょうか?
 
というわけで、約款や契約書を使って消費者と取引をしている事業者の方は、いま一度、広告で表示すべきような条項がないか、きびしい目で点検することをお勧めします。

出版のお知らせ

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このたび、第一法規から、
 
『製造も広告担当も知っておきたい 景品表示法対応ガイドブック』
 
という書籍を出版させていただくことになりました。
 
書誌情報は、こちらです。

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景表法の解説書はたくさんありますが、はじめて手に取るには気が引ける大部なものが多いので、法学部出身ではない人でも、景表法を勉強する必要に迫られたときに最初に手にしていただける入門書をめざして書きました。本文250頁くらいです。
 
ですがそれと同時に、景表法の表示規制は、法律的な発想がないと「なんでもあり」、あるいは、「常識で判断」というだけ、ということにもなりかねず、法的思考(体系的思考、論理的思考、一般化・抽象化)も大事だよということをにじませながら書いたつもりです。
 
景品規制は、細かいことを説明しだすときりがないのですが、実務で繰り返し問題になる重要論点(割引券の問題など)を中心に、それなりに踏み込んで書いたつもりです。
 
そのほか、訴えたいことは「はしがき」に書きましたので、興味のあるかたはぜひ、書店で手に取っていただければと思います。
 
7月24日の発売です。

【お知らせ】会社法務A2Zに寄稿しました

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第一法規が出版するビジネス法律雑誌「会社法務A2Z」の8月号に、
 
「最近の景表法違反事例の傾向と企業法務上の留意点」
 
という記事を執筆させていただきました。

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最近の消費者庁は、イケイケドンドン、で、とても興味深い事例が多いです。

今回の執筆のためにあらためて措置命令をじっくり読みなおしてみて、改めて気づかされることも多々ありました。

ご興味のある方はご一読いただけると嬉しいです。


マクドナルドへの措置命令について

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マクドナルドに対して7月24日、優良誤認で措置命令が出ました
 
「東京ローストビーフバーガー」などの商品に成形肉を使っていた、ということです。
 
しかしこの事件、なんとも評価がむずかしい事件です。
 
措置命令を読むと、
 
「ローストされた牛赤身の肉塊をスライスする映像を放送」
 
するなどした表示が、
 
「あたかも、本件料理に使用されている「ローストビーフ」と称する料理には、牛のブロック肉を使用しているかのように示す表示」
 
であるとして、不当表示だと認定されています。
 
たしかに命令書の別表をみると、肉の塊を包丁で切っている写真が載っています。
 
ところが措置命令をよくみると、肉の塊を包丁で切る映像だけでなく、商品(「東京ローストビーフバーガー」)の写真そのものも、不当表示としてあげられています。
 
ではこの事件、いったい何がいけなかったのでしょう。
 
わたしはこの事件を最初に報道でみたとき、フォルクスが成形肉を「ステーキ」として提供していた事件を思い出しました(2005年11月15日排除命令)。
 
このフォルクス事件では、「ビーフステーキ」などのメニュー名が、
 
「あたかも,当該料理に使用している肉は,牛の生肉の切り身であるかのよう」
 
な表示であり、
 
「実際には,牛の成型肉(牛の生肉,脂身等を人工的に結着し,形状を整えたもの)であった。」
 
ので不当表示だ、とされました。
 
つまり、「ステーキ」という言葉は牛の生肉の切り身を焼いた料理を意味するのだから、成形肉を焼いた料理は「ステーキ」と呼んではいけない、という理屈です。
 
あくまで、「ステーキ」という言葉の意味の問題であることが、ポイントです。
 
わたしはこのフォルクスの事件が報道されたとき、まあ確かにステーキって、肉の塊を切って焼いたものっていうイメージがあるから、そういう解釈もあるのかな、と思いました。
 
といった過去の経緯も考えると、今回のマクドナルドの事件でも、「ローストビーフ」という言葉の意味が問題とされた可能性は大いにあります。
 
でも、「ローストビーフ」の意味からして、これはやや微妙です。
 
たとえば『広辞苑』では、「ローストビーフ」は、
 
「蒸焼にした牛肉」
 
とだけ説明してあり、固まり肉でなければならないとはされていません。
 
次に『新明解国語辞典』では、「ロースト」の説明として、
 
「牛肉や鶏肉などを焼くか蒸焼きにすること(した料理)。「-ビーフ5⃣・-チキン5⃣4⃣」
 
と説明されており、固まり肉であることを要求していません。
 
これに対して『大辞林』では、「ローストビーフ」を、
 
「牛のかたまり肉を天火で焼いた料理。」
 
と説明されています。
 
まあ確かに、ローストビーフのイメージは固まり肉を焼くか蒸すかしたもの、というイメージはわからなくもありません。
 
なので、もし今回の措置命令が「ローストビーフ」をそのような意味だと解釈して(いわばフォルクス事件で「ステーキ」は一枚肉を焼いたものに限ると解釈したのと同様に)、成形肉を使ってはいけない、と考えたのなら、先例にしたがった判断ということもできそうです。
 
問題は、措置命令が違反だと明示している「ローストされた牛赤身の肉塊をスライスする映像」です。
 
こういった映像一般が不当表示になるとすると、かなり広告実務への影響が大きいのではないでしょうか。
 
こういう、大きな塊肉を豪快にスライスするような映像って、広告宣伝では普通にイメージ映像として使われそうですよね。
 
今回の命令は、そういうイメージ映像もだめだ、とはっきり言っています。
 
「肉汁のしたたる大ぶりの塊肉を豪快にナイフでカットする映像を流すんだから、実際の商品もそうやって作れ!」
 
というのは、表示と実際を厳密に一致させるという意味では間違っていないのかもしれません。
 
でも、それってちょっと、広告の表現の幅を狭めてしまいすぎないでしょうか。
 
たとえばレストランのメニューの写真や食品サンプル(蠟でできた本物そっくりのサンプル)をみて、大きくて立派なエビフライだったので注文したら実物はずいぶん小さかった、というような経験って、誰でも一度や二度はしているのではないでしょうか。
 
インターネットの広告でも、こういうイメージ的な表現はいくらでもありそうです。
 
それも不当表示だというのも一つの見解ですが、法律で取り締まらないといけないものなのかなあという気がします。
 
ともあれ、どこまでのイメージ映像が広告上一般に許される誇張なのか、今後は厳しく問われることになりそうです。

平成29年度相談事例集について

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6月27日に公表された平成29年度の相談事例集について、気がついたことをメモしておきます。
 
■事例1
 
シェア6割のメーカーの排他条件付取引(競合他社には技術援助しない)が違法とされた事例です。
 
公取委のガイドラインに照らせば結論にも理由付けにも違和感はない回答ですが、あえてシカゴ学派流に考えてみると、
 
「競合する技術購入者が参入すれば、技術の販売価格は、技術販売者の限界費用(交渉力は100%買手にあると前提)から、既存の買手の支払意思額まで上昇するが、既存の買手が独占維持による超過利潤全額を売手に支払っても売手の利潤増加を賄うには足りないので、排除を目的とする排他条件付取引はありえない。」
 
ということなのでしょう。
 
でもこのモデルは各需要者が1個ずつ購入することを前提にしていたり、そもそも技術援助における売手の限界費用って何なんだとか、技術援助における商品の数量って何なんだ、とか、売手が独占から複占に変わると価格が下がるのは理解できるけれど技術の買手が1社から2社に増えると技術の価格(ってそもそも何?)が上がるのか?など、考えるとよくわからなかったりと、単純なモデルを実際の事例にあてはめることの難しさを感じます。
 
一ついえることは、専属契約をすることで排除効果はありそうな事例なので、よほどの効率化が言えないと適法とするのは難しいのでしょう。
 
たとえば、他社にも援助すると自社への援助がおろそかになるとか、技術援助にともないこちらから提供した情報やノウハウが競合他社への技術援助に流用されてしまう、といったことが思い浮かびますが、主張としてはかなり弱いと思います。
 
■事例2
 
「交通インフラ施設の管理運営会社が,テナントとして出店している小売業者に対し,消耗品の販売価格の設定根拠について説明を求めること及び値下げの検討を要請することについて,独占禁止法上問題となるものではないと回答した事例」
 
ということで、これだけみると何のことかわかりませんが、事案をよく読むと、高速道路のサービスエリアでのガソリンの価格についての相談ですね(たぶん)。
 
回答では、
 
「① X社からの要請に従わないことの経済上の不利益は特段なく,小売業者は引き続き自己の販売価格を自主的に決定できること
 
② 消耗品αの小売業者に対して価格設定の根拠について説明を求めるにとどまり,値下げの検討の要請に当たって指標となる具体的な価格を示すものではないこと」
 
という2つの理由をあげています。
 
問題ないという結論自体には異論はないのですが、わたしは、理由は①だけで十分だと思います。
 
②も理由とすると、「指標となる具体的な価格を示す」と違法であるかのように読めますが、指標を示したって違法ということはないでしょう。
 
指標を示すとハブアンドスポークのカルテルだとか言い出す人がいるかもしれませんが、本件の事情ではカルテルのおそれはないでしょう。
 
ところで、モータージャーナリストの清水草一氏の
 
 
という記事を読んで初めて知ったのですが、
 
「2008(平成20)年まで、SAの燃料価格には上限制度があり、前月の全国平均価格(財団法人日本エネルギー経済研究所石油情報センター調査)を翌月に適用していました。」
 
ということなんだそうです。
 
この上限制度の廃止のせいかどうかわかりませんが、確かに、高速のサービスエリアのガソリンは高いです。
 
わたしの車はディーゼルですが、軽油が下道のスタンドよりリッター20円も高くて、それがわかって以来、高速では給油してません(しても10リッターだけ)。
 
以前の上限制度のほうが強制力のあるぶんずっと問題になったはずであり、問題なさそうなものは相談にいくけど問題がありそうなものはいかない、という姿勢が透けて見えます。
 
一方、従前の上限制度を何ら問題視していなかったのに、今回の件をわざわざ事例集で公表するのって、公取もなんだか間抜けだなあという気がします。
 
あるいは、もし以前の上限制度が相談されてたのなら、そっちのほうこそ公表すべきでしょう。
 
■事例3
 
住宅設備機器メーカーが、取扱店の工事費込みの価格を調査し公表することが問題ないとされた事例です。
 
工事費が取扱店によってまちまちなので安心して消費者に購入してもらうための取り組みということです。
 
回答では、取扱店の自由な価格設定を阻害しないことが理由とされていますが、もちろんそれで間違いではないものの、わたしは、問題の本質は、かかる価格の公表をしても公表価格が加減として機能することは考えにくく、むしろ上限として機能することが理由なんではないかと思います。
 
でも公取委の公式見解(建前)は、上限の拘束も下限の拘束と同様違法だということなので、そのような理由は口が裂けても言えないでしょう。
 
■事例4
 
プラットフォーマーが、ソフトウェア開発費用の一部を負担するのと引き換えに一定期間の独占配信権を得ることが問題ないとされた事例です。
 
市場の状況が細かく認定されていてなかなか興味深いですが、実務上興味深いのは、相談者が開発費の負担と独占配信権のバーター以外でも取引に応じることとしていることが、適法性の根拠の一つとされていることです(p16の①)。
 
なので、同様のアレンジを考える企業は、「援助を受けたいなら独占権。でも援助なしでいいなら非独占でも契約してあげる」というように、相手方に選択肢のメニューを与えてあげると、独禁法上有利にはたらきそうです。
 
考えてみれば当然のようでもあり、でも、過度に一般化するのは問題のようでもあり(事実上すべての取引先が独占を選ぶくらい好条件の援助なら、仮に複数メニューがあっても排除効果は大きいのではないか?)、なかなか評価のむずかしい条件ですが、分析の視点を与えてくれるという意味では貴重な相談事例であると思います。
 
なおこの事例では適法の理由が4つ列挙されていますが、最近あるクライアントの方がおっしゃっててなるほどとおもったのが、
 
「公取委の相談事例は理由が列挙されているだけで、結局どれがポイントなのかわからない」
 
というご意見でした。
 
独禁法の専門家であればどの事情がどれくらい競争制限や競争促進に効きそうかだいたいわかるのですが、たしかに、一般の人にはそれは難しいのでしょう。
 
なかなか難しい注文ではありますが、公取委の担当者の方は参考にしていただければ幸いです。
 
■事例5
 
競業他社へ販売委託することが問題ないとされた事例ですが、HHIを明示的に使っているのが興味深いです。
 
■事例6
 
輸送機械でシェア5割と3割の2社がレンタルサービスの小規模な実証共同研究をすることが問題ないとされた事例です。
 
いくら合計シェア8割でも、共同事業の範囲が限定されている場合には問題ない、ということなのでしょう。
 
特に問題はないと思います。
 
■事例7
 
旅客輸送事業者の事業者団体が外国人向けの共同利用券を発行して価格も共同で決めることが問題ないとされた事例です。 
 
問題ない理由が5つ挙げられていますが(p23)、確かに、一般の方には、これを読んでもどれが大事な理由でどれが些末な理由か、にわかにはわからないでしょうね。
 
私の見る限り、一番のポイントは、
 
「③ X協会の会員による旅客輸送と代替的な旅客輸送の手段が複数存在すること」
 
ですね。
 
つまり、市場はもっと広いので、X協会会員だけで価格を共同決定しても市場支配力はない、ということです。
 
最初の 
「① X協会の会員は、運航路線の発着地が共に重複しておらず、基本的に互いに競争関係にはないこと」
 
というのは、一見重要にみえて、実はあまり重視されていないと思います。 
 
なぜなら、一部の路線とはいえ、
 
「一方の発着地が一致し、もう一方の発着地が近隣に所在する運航路線」
 
が存在するからです。
 
こういうのが一部でもある限り、理屈を突き詰めればその一部は合意の対象から除外すべきなのであり、除外しなくてもいいという理由は、代替的な旅客輸送手段が存在するという点に求めるしかないと思います。
 
これまでほとんど利用のなかった外国人向けだからいいんだという④の理由は、本件取組が競争促進的であることを強く示唆するもので、理屈の上では非常に大事ですが、シェア%になる価格の共同決定が競争促進を目的とするのでOKだとされることはまずないので、この理由は一般化することはとうていできないでしょう。
 
そういう意味で、実際にはこの理由はあまり重視されていないと思います。 
 
④で利用期間と利用回数が制限されているからいいんだと述べられていますが、そもそもどのような制限なのかわからないので、この部分は何とも評価できません。
 
でも一般的には、共同決定の対象となる役務の範囲ないし供給量が限定される、というのは競争への影響が小さいことにつながりますので、一般論としては大きな問題はないと思います。
 
⑤の、協会は精算業務だけだとか、参加は強制されないとかいうのは、本件ではほとんど意味がない、というか、率直に言えば理由として挙げるべきではないと思います。
 
本件で問題になっているのはカルテルであり、任意参加のカルテルでも問題なのは明らかだからです。
 
⑤で、「会員」の参加を強制しないとか、特定の「会員」を排除しないとかも理由として挙げられていますが、「会員」にだけ目を向けるのは、よく考えるとおかしいです。
 
もしこのX協会のサービスだけで市場が画定されるならそれでもいいのでしょうけれど、市場がもっと広いとしたら、その広い市場でどうしてこの旅客サービスだけに限定していいのか(競合旅客サービスを排除していいのか)、うまく説明できないように思います。
 
よくわからないのが②の、個別の運航路線の共同決定ではないという理由です。
 
個別の路線の価格を決めなくても、全体の共通券の価格を共同で決めれば十分カルテルだと思うのですが、どうでしょうか。
 
もし同じ券を近隣路線どうしで異なる距離の輸送に使えるように設定できるというのなら価格競争があるということなのでしょうが、もしそうなら回答でもそう認定されているはずで、そうでないということは、きっと一週間乗り放題券とかいうのではないでしょうか。
 
そうすると、「個別の運航路線間の競争を制限することにはならない」(②)とはとうていいえないと思います。
 
というわけで、それぞれの理由の濃淡を考えてみました。
 
一般の人は理由が複数並んでいると重要なものから並んでいるのだ(①が本命だ)と思いがちなみたいですが、必ずしもそうでないということが分かると思います。
 
■事例8
 
共同配送が情報遮断措置を前提に問題ないとされた事例です。特に問題はないでしょう。
 
■事例9
 
共同調達が問題ないとされた事例です。
 
共同調達の対象が3社の全調達量の5%にとどまることが理由として重要です。
 
ただ、全調達量の一部にとどまるというのは川下の完成品市場への影響の評価としては意味がありますが、ほんとうは、調達市場(買う競争)への影響もみないといけないわけで、そうすると、調達市場において3社が占めるシェアを認定する必要があるはずです。
 
それを見ていないのは、供給者が外国に所在するので、買う競争の制限で害されるのは外国事業者だから日本の独禁法の問題ではない、というのが理由ではないか、というのが教科書的な分析ですが、最高裁(と公取)は行為が国内で行われているかぎり当然日本の独禁法が適用されるという立場でしょうから、やっぱり、単に分析し忘れただけではないか、という気がします。
 
■事例10
 
競争者に商品(建材)を供給することが問題ないとされた事例です。
 
2種類の商品が問題になっていますが、うち一つは、コストに占める当該支給材の割合が90%ときわめて高く、当事者の合算シェアも50%と、かなりきわどいライン(10%の部分しか競争の余地がない)です。
 
20%のシェアをもつ競合が2社いるのがポイント、つまり市場に3社いればいい、という判断なのでしょう。
 
また、供給を受ける側(シェア5%)が、生産をやめるくらいだったら競合から供給を受けてでも続けた方がいい、という判断だったのかもしれません。
 
あるいは、もともとシェア5%の相談者は競争圧力になっていない(消えても実害がない)という判断だったかもしれません。
 
■事例11
 
事業者団体が特定の曜日を休業日とする運動を推進することが問題ないとされた事例です。 
 
いろいろ理由を述べていますが、会員に強制しないことが決定的に重要です。 
 
■事例12
 
農協が、自分に出荷してくれた農家にだけ支援金を支給するのが問題ないとされた事例です。 
 
農協による排他条件付取引や取引妨害が数多く問題になっている中で、なかなか思い切った相談事例だと思います。 
 
問題なしとされた理由として大きいのは、支援金の額がわずか(農家の取扱高の1%未満)というのが大きいようにみえますが、ほんとうにそうなのかはわかりません。
 
取扱高というのが何を意味するのかよく分かりませんが、もしこれが当該農家の全売上のことなら、全売上の1%の支援金というのは、かなりインパクトのある金額だと思います。
 
まして農協の流通支配がこれだけ多くの事件で公取委に問題ないとされていることからすると、よくOK(&公表)したなぁ、と思います。
 
あと、支援金の交付期間が限定されていることも重要みたいですが、これも具体的な期間がわからないので何とも評価できません。
 
支援対象の農作物だけを扱う商系業者がいないというのも理由になっていますが(④)、これだって、作物によっては競争上重要ということはありえます。OKしたのだから、そうではない、という判断なのでしょうけれど、回答の文面だけからではわかりません。
 
というわけで、公取委がこれだけ農協を摘発している中ででもOKにしているわけですから、独占事業者による排他条件付取引でも問題ないとされる要素がたっぷり詰まっている相談事例といえます。
 
■事例13
 
農協が、その保有する商標権を付けた農作物を農家が出荷する場合、自分(農協)にだけ出荷するように求めるのが問題ないとされた事例です。
 
商標をつけたパックを農家に事前に交付するというのがちょっと変わっていますが、パックを使うときには農協に出荷して全数検査に合格することという条件がついていると解されるので、その条件をみたさずにパックを(農作物を包装する形で農作物と一体として商系業者に)譲渡することは、商標権の侵害になります。
 
商標法2条3項2号では、
 
「商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為」
 
が商標の「使用」にあたるとされており、
 
「商品の包装に標章を付したもの」
 
というのは、ふつうは商品が包装されていて、その包装に商標がふされていることが多いのでしょうけれど、本件のように、包装だけが譲渡されて、その包装に商標が付されている場合も、
 
「商品の包装に標章を付したもの」
 
を譲渡したことになる、といっていいのでしょう。
 
とすると、商系業者へその包装を使って譲渡することは商標権の侵害であり、それをやめさせるのは商標権の正当な行使であって独禁法には違反しない、ということになります(21条)。
 
理由(p42)の③で、
 
「商系業者等は、商標αを付さない農作物Aを組合員等から調達することができ、農作物Aの調達市場から排除されないこと」
 
というのがOKの理由になっているのをどうみるかですが、これを反対解釈すれば、農協で全数検査して合格しいるという点をのぞけば商標αがついているのと品質的には変わらない(少なくともまったく同品種の)農作物を、自由に商系業者に販売していいからOKなのであって、もしそういうことまで禁じるなら独禁法上問題あり、ということになりそうです。
 
そしておそらく、そういう農作物を「αと同じ品種の作物です」といって販売するのは商標権の侵害にはならなさそうです。
 
不競法で有名なシャネルNo.5事件というのがありますが、あの事件で「シャネルNo.5と同じ香りのタイプです」といってシャネルに無断で香水を売るのが不競法違反にならないのと同様、「αと同じ品種です」といっても、商標権侵害にはならないわけです。
 
ということは、農協は商標権の使用の独占はできるけれど、商標を使って、世の中でその商標の商品だと認識されている品種まで独占することはできない、ということなのでしょう。
 
結論としてはそれで問題ないと思います。
 
あと細かいことですが、回答p41では知財ガイドラインが参照条文として挙げられていますが、知財ガイドラインは商標には適用されないので(注1)、引用条文としては間違っています。

排他条件付き取引の未遂?

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排他条件付き取引(一般指定11項)は、
 
「不当に、相手方が競争者と取引しないことを条件として当該相手方と取引し、競争者の取引の機会を減少させるおそれがあること。」
 
です。
 
ここで注意を要するのは、あくまで違反行為は、(排他条件付きで)相手方と「取引」をすることです。
 
したがって、たとえば取引の相手方に排他条件を提案して、当該相手方が当該排他条件を嫌って他の事業者と取引をした場合には、「取引」が存在しないので、排他条件付き取引は成立しません。
 
条文にはっきりと、「取引し」と書いてある以上、当然のことです。
 
なので、たとえば、ある事業者が取引先に対して「競業他社とは取引しないこと」という排他条件を提案したところ当該相手方がその条件を嫌って別の事業者に逃げてしまった、という場合、排他条件付き取引は成立しません。
 
比喩的に言えば、排他条件付き取引の未遂罪というのは存在しない、ということです。
 
これは経済学的にみても合理的なことで、排他条件の提案を受けた相手方候補者の誰も排他条件に応じなかった場合(これには、①排他条件を申し出た事業者との取引をしないで別の事業者と取引をする場合と、②排他条件なしで取引をする場合、の2つがありえます)には、なんら競合他社に対して排除効果が発生しないので、違法にならないのは当然、ということもできます。
 
ついでにいえば、排他条件の提案を受けた事業者がその提案を負担に感じたかどうかは、排他条件付き取引の成否には何ら関係がありません。
 
そもそも排除効果が発生するメカニズムとしては、
 
①競合他社のコストを上げる(ライバル費用の引き上げ、raising rivals' cost)
 
②競合他社の残余需要曲線を左にシフトさせる
 
かのいずれしかありえません。
 
このことはライバルの需要曲線と費用曲線をかいてみればわかることです。
 
(消費者厚生に悪影響を与えるメカニズムとしては競争者の意思決定に影響を与えて協調的に行動させる(つまり、限界費用価格設定→寡占的価格設定→独占的価格設定、と移行させる)メカニズムがありえますが、それは「排他」とは関係のないことなので割愛します。)
 
したがって、たんに排他条件を提案するだけであれば、①も②も生じようがないので、排他条件付き取引は成立するわけがないのです。
 
排他条件付き取引が実際に成立すれば、競合他社の流通コストが上がるので、①が成立することはありえますが、成立しなければありえません。
 
排他条件の提案をしただけで競合他社の直面する需要が減少する(②)というシナリオも、ちょっと考えにくいです。
 
排他条件を提案するのにあわせて競合他社の商品を誹謗中傷するようなことをすれば、②も成立するかもしれませんが、それは排他条件の申し出とは別の行為であり、排他条件付取引は成立しないというべきでしょう。
 
排他条件の申し出を受けた相手方が負担に感じたということが仮にあったとしても、そのような事実からは、①も②も出てきませんので、排他条件付取引は成立しません。
 
むしろ、取引の相手方に負担を感じさせるということは、排他条件の提案をした事業者自身の商品役務の、需要者にとっての実質価格を上げることなので、ほんらいその事業者にとっては自殺行為のはずです。
 
それにもかかわらず事業者がそのような(取引相手方に負担を感じさせる)行為を行うとすれば、それは、安心感やブランドイメージなどによる差別化を図るなど、経済合理的な(排除目的ではない)理由に基づくことが多いのではないかと思います。
 
以上で説明したことは経済学を少し知っていれば当たり前のことであり、それだけに、あまり表立って説明されることもないのですが、こういう、基本的な排除のメカニズムがわかっていないと、まったく的外れな判断になってしまいかねないので注意が必要です。

第一興商事件について

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通信カラオケ大手の第一興商が、子会社のクラウンと徳間に、通信カラオケ競合のエクシングへの楽曲使用許諾更新を拒絶させたことが取引妨害だとされた事件があります(第一興商事件・平成21年2月16日審判審決)。
 
この事件には白石先生や泉水先生はじめ有力な批判も多く、わたしもおかしい点が多々あると思うのですが、最近なぜか公取委が私的独占の摘発を活発化させていることもふまえ、この事件について考えるところを記しておきます。
 
(なおこの事件は当事務所の神垣弁護士が当時の公取委委員の一人であり、多田弁護士が第一興商の代理人なのですが、わたしの意見はそれとは関係のないまったく個人的なものです。)
 
この事件のおかしなところの一つめは、第一興商が更新拒絶させた管理楽曲(レコード会社が著作権法施行前から独占的に管理する楽曲)が「ナイト市場」においてあたかも不可欠施設であるかのような認定をしているところです。
 
数千曲はあるであろう通信カラオケのなかでわずか数十曲の管理楽曲が不可欠施設だなんていうのは、あまりにハードルが低すぎます。
 
私的独占ならとうていこんな認定は許されないでしょう。
 
本件は取引妨害なので私的独占ほどの競争への影響は不要だとはいえ、それでも、かなり怪しいものです。
 
それから、更新拒絶が不当だとされた理由として、拒絶の理由がエクシングとその親会社のブラザー工業から特許侵害訴訟を起こされたことの意趣返しであることがあげられていますが、そんなことは競争とは何の関係もないことです。
 
むかし大学時代に取っていた会社法の授業で、
 
「中小同族企業の内紛なんて、専務が社長の愛人に手を出したとか、そんなレベルの話だったりするので、裁判所はそういう背景も踏まえて合理的に事案を解決している可能性があり、まじめに同族会社の判決だけをとらえて大企業での会社法の解釈論を論じることには注意が必要」
 
という話を聞いたことがあります。
 
判決に書かれない理由というやつですが、公取委の審決では、こういう「愛人に手を出した」レベルのことが堂々と審決に書かれてしまうところが、解釈論としての幼稚さを感じさせます。
 
特許紛争はまだビジネス紛争っぽいですが、もし、エクシングの社長が第一興商の社長の愛人に手を出した意趣返しとして第一興商が管理楽曲の利用拒絶をした、というのだったら、公取委はどう判断したのでしょう?
 
(論文には書けないような、あんまり上品な例でない例で恐縮です。ブログなのでご容赦くださいcoldsweats01
 
公取委はそれでも、「競争方法として不当だ」といったのでしょうか?(たぶん、いったのでしょうね。)
 
こういう想像力を働かせると、特許紛争の意趣返しというのが競争とは関係ない話だということがよくわかります。
 
ひょっとしたら、特許侵害訴訟を起こさせない威嚇効果がある、という点に、愛人に手を出したケースとちがい競争への影響が認められるのかもしれませんが、もしそうならそうと、本件特許侵害訴訟がどのようなものであったのか、それに対する意趣返しをすることがどのように競争に影響があるのか、といったことを、きちんと認定しなければならないはずです。
 
たんに「意趣返し」というだけなら、特許紛争も愛人問題も区別できません。
 
それから、本件では第一興商が子会社とはいえ別法人のクラウンと徳間に拒絶をさせた(間接の取引拒絶)点に、単独の直接取引拒絶とはちがった問題を見いだそうとする見解があるかもしれませんが、子会社は競争上は親会社と一体とみるべきですから、そのような解釈は誤りです。 
 
なので、本件は純粋に単独の取引拒絶の事件とあつかうべきです。
 
そして単独の取引拒絶を違法とすることは、違反者の取引先選択の自由との深刻な対立が生じるため、慎重の上にも慎重でなければならないはずです。
 
それが、取引拒絶から取引妨害に看板をすげ替えただけで違法になってしまうというのでは、まさに「取引妨害は何でもあり」「困ったときの取引妨害」です。
 
では、本件で公取委が実質的には単独の取引拒絶の事件を簡単に違法とすることに躊躇がなかった理由として何が考えられるかというと、第一興商が更新拒絶の直前にクラウンと徳間を子会社化している、という背景が影響しているのではないかとわたしはにらんでいます。
 
時系列を記すと、
 
平成7年12月1日~平成12年11月30日  徳間使用許諾
 
平成9年12月21日~平成12年12月20日  クラウン使用許諾
 
平成13年1月  第一興商、クラウンの筆頭株主
 
2月  クラウン、更新拒絶伝達(ただしその後使用を認めた)
 
10月  第一興商、徳間の全株式取得
 
11月  第一興商、クラウンの過半数株式取得
 
11月6日  徳間、エクシングに使用料不払いの釈明を求める
 
12月6日  徳間、更新拒絶通知
 
12月18日 クラウン、更新拒絶通知
 
という流れです。
 
これをみると、子会社化した直後に更新拒絶していることがわかります。
 
知財ガイドラインでは、
 
「ウ 一定の技術市場又は製品市場において事業活動を行う事業者が、競争者(潜在競争者を含む。)が利用する可能性のある技術に関する権利を網羅的に集積し、自身では利用せず、これらの競争者に対してライセンスを拒絶することにより、当該技術を使わせないようにする行為は、他の事業者の事業活動を排除する行為に該当する場合がある。(買い集め行為)」
 
とされていますが、これに近いといえるわけです。
 
それからもう一つ、管理楽曲を創作したのはクラウンでも徳間でもなく、まして第一興商でもなく、作曲家や作詞家である、という事情も影響しているかもしれません。
 
もし本件のような判断が、純粋に内部で開発した技術の取引拒絶にまで及ぶとしたら、取引先選択の自由や、投資インセンティブに与える悪影響は計り知れません。
 
公取委も、もし第一興商が純粋に内部で創作した(=他から買ってきたわけでも、他から管理の委託を受けたわけでもない)知的財産が問題になっていたのなら、このようにあっさりと独禁法違反とはいわなかったのではないか、と思います。 
 
というわけで、第一興商事件の適用範囲はかなり限定して読むべきだと思います。
 
それからそもそも論ですが、この事件は違反審査の事件ではなく、そのまえの子会社化の企業結合の事件として処理すべきだったのではないでしょうか。
 
本件が企業結合の問題でもあることは、
 
泉水文雄「通信カラオケ事業者による競争者に対する取引妨害」(NBL925号62頁)
 
でも、
 
「・・・垂直型企業結合の市場閉鎖効果および下流市場で不可欠な投入物の取得による自由競争減殺が起こっているとも考えられる。」(67頁)
 
と指摘されています。
 
2社の株式取得が届出の対象だったかどうかはわかりませんが、ウィキペディア情報によると、徳間ジャパンコミュニケーションズの純利益は2010年2月期で8億7000万円あまりなので、売上はおそらく50億は超えていたでしょう。
 
そうすると、今の法律なら事前届出の対象です。
 
平成21年独禁法改正前は株式取得は事後報告で、発行会社が総資産10億円超のときに届出必要でした。
 
同じくウィキペディア情報では徳間の2010(平成22)年2月28日時点での総資産は23億円なので、子会社化の平成13年当時もおそらく報告対象だったのではないか、と思います。
 
とすると、公取委は報告時には問題にしていなかったわけで、企業結合では問題にしなかったのを違反事件で問題にするというのは、なんとも釈然としないものを感じます。
 
レコード会社を通信カラオケ会社が買収すれば管理楽曲の競合他社へのライセンス拒絶(投入物閉鎖)が起きそうなことくらいわかりそうなものですが、それくらい、当時の企業結合審査はザルだったということでしょう。
 
まあ、第一興商が正直に問題点を公取に事前相談すれば公取もうんとはいわなかったでしょうから、どっちもどっちですし、企業結合審査に通ったからといって、その企業結合審査で潜在的に問題視される論点についてすべて公取がOKしたことになるか、というとそういうわけでもありません。
 
(なのでそういう懸念があるときは、わたしは明示的に公取委に伝えますし、企業結合届出書にも「結合後はこういうことをやります」とはっきり書きます。) 
 
ともあれ言いたいのは、本件は、他から権利を買ってきて取引拒絶した事例であるのがポイントで、自社開発した技術や権利まで同等に考えてはいけない、ということです。
 
あと本件では、そもそもレコード会社が通信カラオケでの利用を許諾する権利があるのか(権利があるのはレコード等へのコピーだけであり、通信カラオケでの配信は対象外ではないか)、も問題となっており、審決は、市場関係者がレコード会社の許諾を必要と認識していたならその認識を前提にすればいいとして、それ以上この問題には立ち入っていません。
 
でももし仮にレコード会社に権利がないとしても、権利がないのにあるかのように取引関係者に告知してまわること自体が(あるいは、権利があって告知して回るのよりもいっそう)取引妨害である、といえると思います。
 
少し前のワンブルーの事件で、FRAND宣言した標準必須特許では差止めはできないと最高裁判例がいっているのに差止できるかのように告知したのが虚偽の告知の事実で取引妨害になる、とされたのと同じ理屈ですね。
 
前記泉水先生の論文で、本件での告知は誹謗中傷に近いといわれているのも、同じ趣旨でしょう。

最高再販売価格拘束の見極め方

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公取委の公式見解(建前)は、最低であろうと最高であろうと、再販売価格拘束は原則違法だ、ということなんだろうと思われます。
 
その根拠として、たとえば、平成27年流通取引慣行ガイドライン改正パブコメ回答の111番で、
 
「メーカーが、流通業者に対し、再販売価格の上限を拘束するが、流通業者間で活発な価格競争が行われる場合」
 
について違法でないと考えていいのかという質問に対して、
 
「再販売価格の拘束は、通常、競争阻害効果が大きいため、独占禁止法においては、メーカーが、流通業者に対し、「正当な理由」がないのに再販売価格の拘束を行うことは不公正な取引方法として違法となると規定されており、本指針の考え方に照らして、御指摘のような具体例が正当な理由があるとはいえないものと考えます。」
 
と回答されています。
 
(別に隠すこともないので白状すると、この設問は、当時所属した大江橋法律事務所の同僚と一緒に私が出した質問です。)
 
事案によるので一概には言えません、くらいのゆるい回答かなぁと思いながら質問したのですが、今読み直しても、これ以上ないくらい、断定的に違法といっています。
 
公取が本音でそう思っているのか、ほんとうに経済学の二重限界化の議論も知らないのか、あるいはパブコメ回答はガイドラインの担当部署かぎりで出しているのか、真相はわかりませんが、一ついえるのは、最高再販売価格拘束が違法とされる可能性は実務的にはきわめて低いということです。
 
今まで実例もありません。
 
でも、最高価格の拘束が、事実上最低価格の拘束として機能する場合には、最高の拘束も最低の拘束として違法になるんだ、ということがよくいわれます。
 
そこで、最低価格の拘束なのか、最高価格の拘束なのかを区別する基準が必要になります。
 
ここで最もやってはいけない間違いは、「小売店の価格が同額になっているので事実上の最低価格の拘束だ」、という認定です。
 
最高価格の拘束でも、結果的に当該拘束価格に収れんすることはありえます。
 
反対に、最低価格の拘束でも、拘束を守らず拘束価格以下で販売する小売店もあるでしょう。
 
したがって、結果的に同一価格になっているからというのは、事実上の最低価格として機能していることの証拠にはなりません。
 
そこで両者の区別は、次のような手順で行うべきでしょう。
 
まず、拘束価格よりも低い価格で販売している小売店が相当数(イメージとしては、全体の2~3割くらい)いるなら、最低価格の拘束ではない、といっていいでしょう。
 
その2~3割に対してメーカーがなにも文句を言っていないなら、なおよし、です。(最高価格の拘束なので、もちろん、文句を言うはずはないでしょう。)
 
では、拘束価格以下で販売している小売店がほとんどいない場合、どうすればいいでしょう。
 
その場合は、拘束を守っている小売店の利益最大化価格を、聞き取りをするなり、経済分析をするなりして、推定し、その利益最大化価格が拘束価格を上回っているなら、最高裁販売価格拘束である、と考えてよいでしょう。
 
つまり、小売店はほんとはもっと上げたいんだけど上げられない、という状況です。
 
これに対して最低再販売価格拘束の場合は、小売店の(他の小売店が再販を守らない前提での)利益最大化価格は、拘束価格を下回るはずです。
 
結局、最高と最低の区別は、これしかないと思います。
 
もちろん、契約書に最高価格だと明記すればずいぶんとリスクは下げられますが、「事実上の最高額として機能している」というだけの理由で違法とされるおそれがあることからすると、契約書の文言だけではちょっと心配です。
 
ただ、利益最大化価格とかいうと小難しく聞こえますが、小売店がもっと高く売りたいのかどうかというのは、事情を聴けばだいたい判断できます。
 
しかしそれでも、利益最大化という経済学の考え方についてのリテラシーのない人が、結果的に価格が一致していたら最低(あるいは特定価格の)再販売価格拘束なんだ、とかむちゃくちゃなことをいいかねないので、利益最大化価格という考え方が大事なんだよ、といいたいのです。
 
最高再販売価格拘束がなぜ問題ないのかは、「もし最高再販売価格拘束がなかったらどうなるか」を考えてみればわかります。
 
小売店の利益最大化価格が当該拘束価格を上回っていれば、当該拘束がなければ価格は上昇するので、消費者に悪影響がおよびます。
 
これに対して、小売店の利益最大化価格が当該拘束価格を下回っているのであれば、拘束があろうがなかろうが小売店は当該利益最大化価格を設定するので、拘束による影響はありません(いわば空振り)。
 
よって、最高裁販売価格拘束は、消費者にメリットがあるか、あるいは何も影響がないか、のいずれかなわけです。
 
したがって、最高再販売価格拘束は独禁法上問題ない、ということになります。

私が独禁法のアドバイスで心がけていること

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実務では、公取の見解はどうなんだ、ということがいつも問題になります。
 
一弁護士の個人的な意見はあまり重要視されません。
 
でもむずかしいのは、独禁法では公取の建前と本音が大きく異なることが多いことです。
 
しかも公取の建前(ガイドラインなど明確に書いたものに現れている考え方)にしたがうと、とても厳しい内容になり、極論すればほとんど何をやってもだめ、ということになりかねません。
 
そこで私は依頼者の方にアドバイスするときに、
 
①ほんとうに公取に摘発されるリスクがあるレベル
 
②公取が本気で違法と考えているレベル
 
③公取が建前では違法といっているけれど、本音では違法とは考えていないレベル
 
④公取に聞くと違法と言われるけれど、聞かずにやれば違法と言われることはないレベル(聞くとやぶ蛇になるレベル)
 
くらいにわけて説明しています。
 
そして、公取が本気で違法と考えている行為の中にも、理論的には違法とはいえない行為というのがあります。
 
そういうときには、個人的な見解と断ったうえで(前提として私は理論に基づいてアドバイスしています)、公取はこれを違法というかもしれないが理論的には違法とはいえない、とアドバイスします。
 
そして、建前で違法といっているレベル(③)と、本気で違法と考えているレベル(②)とを区別するには、理論の裏付けが不可欠です(とくに経済理論)。
 
独禁法をあまり理解していない弁護士さんの中には、公取が建前で違法といっているだけのものをすべて違法とアドバイスする人もいるでしょうが、それでは、しかるべき専門家からアドバイスを受けてきちんと競争法の分析をした競業他社に競争で負けてしまいます。
 
なので私は、「公取委の先例はこうだ」というだけでは、独禁法のアドバイスとしては不十分だと考えています。
 
まず、似たような先例があるというだけでは、それが目の前の問題にも適用されるのかが明らかではありません。
 
ひどいのになると、外形上似ている先例を持ってきて、競争の実態はぜんぜんちがうのに、「先例はこうです」というアドバイスも見かけます。
 
独禁法のやっかいなのは、外形上似ていても、目の前の事案で同様に考えて良いかどうかは理論(特に経済理論)がわかっていないと、正確に判断できないことです。
 
なので、たんに似た先例があるというだけでは不十分です。
 
しかも、その先例が目の前の案件と似ているといっていいのかどうかを見分けるのが、非専門家には非常に困難です。
 
それでも私は、できるだけ理論に基づいて、先例と相談を受けた実際の事例との類似点と相違点をきちんと説明するようにしています。
 
中には、公取委がどう考えるかだけに関心のある方も少数ながらいらっしゃいますが、そういう方は公取委に直接尋ねられたらよいと思います(無料ですし)。
 
ただしそのときには、やぶ蛇になるレベル(④)というのがかなり多くある、ということは覚悟しておくべきでしょう。
 
それでかまわないというのも一つの方針ですから、とやかくいうこともないのでしょうけれど、独禁法専門弁護士としては、現実的なリスクについてていねいに説明することが大事なんだろうと考えています。

垂直的企業結合における競業他社の情報へのアクセスの問題点

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垂直的企業結合では、競業他社への情報にアクセスできるようになることが問題だとされることがあります。
 
たとえば、
 
田辺・深町『企業結合ガイドライン』
 
では、ASMLホールディングNBとサイマー・インクの統合(平成24年度事例集・事例4)に言及しながら、
 
「・・・垂直型企業結合における競争者の秘密情報の入手により、当事会社の競争者が不利な立場に置かれ、市場の閉鎖性・排他性の問題が生じる可能性がある・・・」
 
とされています(194頁)。
 
でもわたしには、この「不利な立場」とか、「市場の閉鎖性・排他性」ということの(経済的)意味が、いまひとつよく理解できません。
 
競争者が不利な立場に置かれるM&Aの全部が悪いのだったら、効率性を向上させるM&Aが全部悪いことになってしまわないでしょうか?
 
「市場の閉鎖性・排他性」っていうのも、けっきょく、「市場が誰にでも平等に開かれているのが良い競争だ」ということを抽象的に言っているだけであり、競合情報へのアクセスがどのように市場の閉鎖性・排他性につながるのか、そのメカニズムがよくわかりませんでした。
 
垂直合併で競業他社の情報を入手するのは汚い、という感情論はわからないではないですが、でも、だからといってそれがなぜ反競争性につながるのかよくわかりませんし、なにより、競合他社は、そのような、ライバルをグループ内に有する合併当事会社とは取引しなくなるだけなんじゃないでしょうか?
 
そこで調べてみたら、 
 
Steven C. Salop & Daniel P. Cully, "Potential Competitive Effects of Vertical Mergers: A How-To Guide for Practitioners"
 
という論文に納得のいく説明がありました。
 
同論文p22では、垂直統合会社がライバルの情報にアクセスできると競合他社に先んじて競争的行動をとることができ、そのため、ライバルが競争的行動をとるインセンティブを失ってしまい、First-Mover advantageが失われる、と説明されています。
 
さらに、情報を悪用されるのを恐れるライバルが、より高価で品質の劣る他社から購入せざるを得なくなる(involuntary self-foreclosure)という問題点も指摘されています。
 
(ちなみに日本の公取も海外の当局も、垂直統合企業が競合情報にアクセスできることにより市場が協調的になるという点では一致しており、ここで問題にしているのは、そのような協調促進効果以外の反競争性メカニズムです。)
 
これくらいきちんと理詰めで反競争性のメカニズムを説明してもらってはじめて、どうして競合他社への情報にアクセスできるようになることが反競争的なのかが理解できるのだと思います。
 
たんに競合他社が不利になるというだけなら、垂直合併を産業スパイと同レベルで論じていることになり、説得力がありません。
 
(「市場の閉鎖性・排他性」というのは、involuntary self-foreclosureを意味しているのかもしれませんが、はっきりしません。)
 
そういう意味で、公取委の企業結合相談事例集の反競争性メカニズムの説明は甘いといわざるをえません。
 
あまり外国の文献ばかり褒めたくはありませんが、さすがアメリカは議論の厚みがちがうといわざるをえませんし、さすがサロップ教授だなぁ、と思います。
 
役所の文書というのは一度こう書くというプラクティスが固まるとなかなか変えがたいものがあるようですが(平成29年度事例集の事例2(日立金属と三徳)と事例4(ブロードコムとブロケード)にも同様の記載があります)、ぜひ、今後はプロの目からみてもなるほどと思わせるような、説得力のあるものに改善されていくことを希望します。

相手方が1社の再販売価格拘束

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メーカーが、代理店1社に対してだけ商品を扱わせ、その代理店の再販売価格を拘束することは、再販売価格拘束にあたるでしょうか。
 
再販売価格拘束が違法であることの根拠は、流通業者間の価格競争(ブランド内競争)が阻害されるからであるとされています。
 
流通取引慣行ガイドラインでも、
 
「再販売価格の拘束は,流通業者間の価格競争を減少・消滅させることになることから,通常,競争阻害効果が大きく,原則として公正な競争を阻害するおそれのある行為である。」(第1部第1-2(1))
 
とされており、流通業者間の価格競争がなくなることが問題なのだと明言されています。
 
そこから当然に浮かぶ疑問は、それでは流通業者を1社しか選任しない場合にはそもそも流通業者間の競争はありえないので違法とはいえないのではないか、ということです。
 
私は流通業者が1社だけの場合には、そもそも流通業者間の競争がないのだから再販売価格拘束をしても違法にはならないことが多いと考えています。
 
ぜったいに違法になることがないのかというと自信がないので「多い」といっていますが、逆に違法になるのはどのような場合なのかといわれると具体例が思い当たりませんし、少なくとも今まで相手方が1社の事例で違法だというアドバイスをしたことはありません。
 
ところが公正取引委員会の立場はちがうようです。
 
 
「メーカーが、自社商品を特定の小売業者1社とのみ取引している場合において、当該小売業者の再販売価格を拘束した場合」
 
は違法とならないのではないか、という質問に対して、
 
「再販売価格の拘束は、通常、競争阻害効果が大きいため、独占禁止法においては、メーカーが、流通業者に対し、「正当な理由」がないのに再販売価格の拘束を行うことは不公正な取引方法として違法となると規定されており、本指針の考え方に照らして、御指摘のような具体例が正当な理由があるとはいえないものと考えます。」
 
と回答されています。
 
でもこれは論理的におかしいのはあきらかで、ここで「競争阻害効果」を「流通業者間の価格競争の減少・消滅効果」と置き換えると、
 
「再販売価格の拘束は、通常、
 
流通業者間の価格競争の減少・消滅効果が大きいため、
 
独占禁止法においては、メーカーが、流通業者に対し、「正当な理由」がないのに再販売価格の拘束を行うことは不公正な取引方法として違法となると規定されており、
 
本指針の考え方に照らして、メーカーが、自社商品を特定の小売業者1社とのみ取引している場合が正当な理由があるとはいえないものと考えます。」
 
と回答していることになり、論理的に矛盾しています。
 
でも、相手方が1社だけだと再販が違法でないと明言している文献って、ほとんど見たことがありません。
 
少し近いことが、
 
山木康孝編著『Q&A 特許ライセンスと独占禁止法』
 
のp259に書いてあります。
 
そこでは、ライセンサーがライセンシーに対して特許商品の販売価格を制限することが違法となるかという説明において、
 
「非独占のライセンス契約であって、当該ライセンス地域内でライセンサーがライセンシーと並行して特許製品を製造、販売しているような場合には、
 
ライセンサーがライセンシーの最低販売価格を制限しておかないと、そもそもライセンスをするインセンティブが減殺される場合もあり得ると考えられる。」
 
と述べた後、
 
「このような場合に、独占禁止法上問題ないものとできるかどうかは、競争秩序に及ぼす影響をみて、個別具体的に検討しなければならない。
 
本制限が許容し得る場合として考えられるのは、上記のような一対一のライセンスであってライセンサー自身による同一地域内での実施を理由とする場合であり、かかる制限がなければライセンスをするインセンティブが減殺されるような場合に限られるものと思われる。」
 
と述べられています。
 
同書ではその少し前に、
 
「特に、マルティプル・ライセンス契約の場合において、複数のライセンシーに対して本制限が課される場合には、ライセンシー間の価格競争が減殺される効果が大きい。」
 
とも述べられており、ライセンシーの数が重要なんだよという立場がにじみ出ています。
 
公取委の方が書いた文献でここまで踏み込んで書いてくれるのって、ほんとうにありがたいです。
 
ここでの記述も、1対1なら問題なしと断言しているわけではありませんが、拘束される相手方の数が重要なのだ、という視点を提供しているだけでも貴重だと思います。
 
以前、ある公取委OBの方(ちゃんと信頼できる方です)が、相手方が1社の場合、ブランド内競争の制限が考えにくいので、再販が違法になることは考えにくい、ということをおっしゃっていて、やっぱりわかってる人はちゃんとわかっているんだなぁ、と思いました。
 
さて、相手方1社の場合にはぜったい違法にならないのかといわれると、世の中にはいろいろな競争があるので、わたしも違法にならないと断言するのは躊躇します。
 
やはり競争法の分析には、具体的な事実関係を聞くことが必要だからです。
 
でも、実際に相談を受けてみると、問題ないといえるようなケースばかりです。
 
拘束されるのが1社だけというのは、だいたい事業者向けの商品であることが多いです。
 
そして、そういう商品の場合、複数の代理店を起用することに合理性がないことが多いのです。
 
結果的に代理店が1社だけになっているということは、ビジネス上の理由があってそうなっていることが多いのであって、これは当然のことです。
 
つまり、そもそもブランド内競争が期待できないような場合が多いわけです。
 
メーカーが多数の販売店を起用する典型的な理由は、需要者が一様でない(差別化されている)場合です。
 
典型的には、需要者が地理的に全国に散らばっている場合です。
 
そのような場合には、メーカーが価格の支配権を放棄してでも多数の代理店を起用することが合理的です。
 
ところが相手方1社の場合を詳しく聞くと、そりゃ複数の代理店を起用するなんて意味ないよね、と思えるようなケースばかりなのです。
 
というわけで、いろいろな相談を受けた経験に基づいていうと、相手方が1社で再販が違法になる場合というのはちょっと考えにくいな、というのが素直な感覚です。
 
排除措置命令が出た事件はすべての消費者向けの商品なので、相手方(卸や小売店)が1社という事例は皆無です。
 
唯一、公取委の相談事例で、医薬品メーカーA社が、卸B社の薬局等への卸売価格に応じてA社からB社への仕切り価格を修正することが独禁法違反となるとした事例があります(平成12年度相談事例集事例4)。
 
こういう相談事例があるので、相手方が1社なら常に適法とも言いにくいのですが、私に言わせればこの相談事例は間違っていますし、そもそも拘束される卸が1社であることを明確に意識した相談事例ともいえないと思っています。
 
つまり、説明の便宜上「B社」と名付けただけで、実は卸一般に同じような仕切り価格の調整をしようとしていた事例なのではないか、という気がしています。
 
回答も、事後的に仕切り価格を調整したり販売手数料を支給したりという拘束の手段ばかりが分析対象になっており、「B社」が1社であるという観点からの分析(ブランド内競争の制限という観点からの分析)がまったくありません。
 
取引の実態としても、医療用医薬品メーカーは通常複数の卸を使うので、相談の事例も、卸1社という点に力点があったとは考えにくいです。
 
なのでこの相談事例は、拘束の手段という点では先例的価値はありますが、相手方が1社であるという点については先例的価値はないと思います。
 
なお、相手方が1社の場合には、委託販売の形にしてしまったり、メーカーとユーザーの直接取引にしてしまったりできることも少なくないのですが、なかなかそういうわけにもいかない場合も多いものです。 
 
なので、正面切って「相手方1社の場合には問題ない」といえる(上述のように、断定はできませんが)ことは、大事なことだと思います。

混合合併と垂直合併の区別

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混合合併は、水平合併でも垂直合併でもないもの、といわれています。
 
そして垂直合併は、取引関係にある当事者間での合併である、といわれたりします。
 
でも私は、この整理では垂直合併が狭すぎて、そのぶん、混合合併が広すぎるのではないか、と感じています。
 
そうではなくて、
 
水平合併を、相互に競争関係にある商品役務を供給する当事者間の合併
 
と定義し、
 
垂直合併を、相互に補完関係にある商品役務を供給する当事者間の合併
 
と定義して、そのいずれにも当たらないものを混合合併と定義するのがよいのではないか、と考えています。
 
こう考えると、たとえば混合合併と整理されている平成29年度相談事例集事例4(ブロードコム、ブロケード)のFCSANスイッチとFCHBAに関する部分も、両商品は需要者からみて補完的な関係にあるので、垂直合併と整理できることになります。
 
なぜこのように考えるのが良いのかというと、混合合併で問題視される相互補完的な商品の抱き合わせは排他条件付き取引と構造が同じだからです。
 
たとえば、
 
メーカーA→販売店B→需要者C
 
という商流でAとBが合併しようとする場合、通常は垂直合併と整理されますが、見方を変えると、
 
メーカーAが商品αを供給し、
 
販売店Bが流通サービスβを供給している
 
と捉え直すことができます。
 
そして、
 
流通サービスβがなければ需要者Cは商品αの便益を享受することができず、
 
商品αがなければ需要者は流通サービスβをそもそも需要しない、
 
という関係にあることからすると、商品αと流通サービスβは相互補完的な関係にあるといえます。
 
そのうえで、
 
流通業者BがAの競争者Xと取引しないこと(いわゆる顧客閉鎖。通常は、排他条件付き取引と整理される)
 
は、Bによる流通サービスが需要者Cにとって重要である(市場支配力がある)ことを前提に、
 
AとBが結託して、流通サービスβ(主たる商品)と商品α(従たる商品)の抱き合わせをしているのだ(それによりAの競争者を排除)、
 
と整理することができます。
 
また、
 
メーカーAがBの競争者Yと取引しないこと(いわゆる投入物閉鎖。これも排他条件付き取引と整理される)
 
は、Aの商品αが需要者Cにとって重要である(市場支配力がある)ことを前提に、
 
AとBが結託して、商品α(主たる商品)と流通サービスベータ(従たる商品)の抱き合わせいているのだ(それによりBの競争者を排除)、
 
と整理できます。
 
このように考えると、たとえばブロードコム、ブロケードの相談事例p29で、
 
「ブロケードグループが製造販売するFCSANスイッチ及びブロードコムグループが製造販売するFCHBAは,
 
共通の需要者であるサーバーの製造販売業者らに販売されていることから,
 
本件は混合型企業結合に該当する。 」
 
という混合合併の説明は、両商品が共通の需要者に販売されるから混合合併だ、といっているように読めて、ちょっと舌足らずです。
 
問題の本質は共通の需要者に販売されているかどうかではないはずです。
 
そうではなくて、この両商品が補完的な関係にある(両方あってはじめて用をなす)ことが問題の本質でしょう。
 
私が混合合併の意味をこのように捉えなおすべきだという理論的な理由は、経済学的には、2つの財の関係は、競合的か、補完的か、の2つしかないからです。
 
つまり、
 
需要の交叉弾力性が正(一方を値上げすれば他方の需要が増える)のが競合商品で、
 
需要の弾力性が負(一方を値上げすれば他方の需要が減る)のが補完商品である、
 
ということです。
 
このような経済学的な整理に従って整理したほうが、前述の抱き合わせと排他条件付取引との同質性の議論をみてもわかるように、問題の本質がよくみえると思うのです。
 
垂直合併の通常の定義である、取引関係にある当事者間の合併、というのは、取引関係という法的な概念(取引当事者間に売買契約が存在すること)にしたがって整理しているわけですが、こういう法的な概念にしたがって整理する場合、往々にして、問題の本質を見失わせることにつながります。
 
では、交叉弾力性がゼロの商品を供給する2当事者間の合併を混合合併と定義するとして、混合合併が反競争的な場合というのはどのような場合でしょうか。
 
私はそのような場合はほとんどないのではないか、と考えています。
 
交叉弾力性がゼロの商品を供給する2当事者が合併するケースには、範囲の経済の追求などさまざまな理由があるでしょうが、基本的には、効率性を向上させるだけなのではないか(反競争的な他者排除のために混合合併が使われることはないのではないか)、ということです。
 
交叉弾力性がゼロの商品でも、たとえばセット割引ができるなど、合併により効率性が実現できる場合はあると思います。
 
そういう効率的な合併でも、新規参入者が単一の市場に参入するだけでは参入できなくなるので反競争的なのだ(市場の開放性が阻害されるのだ)という意見もあるかもしれませんが、そこは大きく議論の分かれるところだと思います。
 
少なくとも、補完的な商品の抱き合わせと、交叉弾力性ゼロの商品の抱き合わせとでは、反競争性発生のメカニズムが違うはずです。
 
(ただし、確かに抱き合わせの事件には、エレベーターと保守工事、OSとブラウザ、プリンタとトナー、など補完的なものも多いですが、人気ゲームソフトと不人気在庫ソフト、新潟札幌線と新潟ホノルル線、など、補完的とはいえないもものいくらでもあり、補完的であることは抱き合わせの違法性の要件ではないことだけは明らかです。)
 
なので、垂直合併と混合合併の線を引くなら、取引関係の有無ではなく、交叉弾力性が負かゼロか、で引くのがよい、と思うのです。
 
そうすることで初めて、混合合併独自の反競争性(あるいはそもそもそのようなものがあるのか)という点に光が当たるのではないかと思います。
 
ただ、世の中ではこんな区別をしているのは見たことがないので、ふつうに議論するときには、広く受け入れられた定義にしたがって議論するほうが、お互いに話が通じるので、よいのかもしれません。

供述調書への追記申立て

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審査規則11条1項には、
 
「審査官は、
 
法第四十七条第二項の規定に基づいて同条第一項第一号の規定により事件関係人又は参考人を審尋したときは、
 
審尋調書を作成し、
 
これを供述人に読み聞かせ、又は供述人に閲覧させて、誤りがないかどうかを問い、
 
供述人が減変更の申立てをしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。」
 
と規定されていて、13条2項で供述調書(任意の取調べでの調書)にも準用されています。 
 
同様の規定は刑事事件の供述調書にもあって、刑事訴訟法198条4項では、
 
「前項の調書〔被疑者の供述調書〕は、これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。」
とされています。
 
ところが実際の運用では、公取委はだいたい自分の都合の良い事実だけをつなぎ合わせて調書を作ります。
 
そのため、背景や文脈を無視した調書になり、本来であれば正当な理由があってやっていることが、真っ黒な反競争的行為であるかのように仕立てられてしまいます。
 
そこで事情聴取の時には、
 
「これはこういう事情があってこうしたのだから、その事情の部分もちゃんと書いてください」
 
という(従業員の方に言ってもらう)のですが、たいていの場合、
 
「でも書いてあることは事実だろう」
 
「追加で言いたいことがあるなら別途書面で出せばいいではないか」
 
「なんでそんなことにこだわるんだ。結論には影響しないじゃないか」
 
などといって、応じてもらえません。
 
しかし、審査規則には「減変更」と、増加も記載しなければならないことが明記されているのですから、このような運用は明らかに審査規則違反です。
 
審査規則と同じ文言の前記刑訴法198条4項の解説でも、
 
「増減変更の申立てがあったときは、そのままを調書に記載する。」(『条解刑事訴訟法』p321)
 
と、これ以上ないくらいにクリアーに述べられています。
 
ですので、公取委から調査を受けている事業者の方は、審査官のこのような口車に乗ることなく、正々堂々と、
 
「増加の申立ても調書に記載するよう審査規則にも書いてある」
 
といって、応じてもらえないときには断固として署名を拒否すべきです。
 
もちろん、調書に署名拒否しても、何も罰則はありません。
 
現に審査規則11条4項でも、
 
「第二項の場合において、供述人が署名押印を拒絶したときは、その旨を調書に記載するものとする。」
 
と書いてあるだけで、理由なく署名拒否しても罰則がないことは当然の前提になっています。
 
署名を拒否するのに理由も要りません。
 
調査に非協力的だとか非難されることもありえません。
 
(審査官が上司に怒られることはあるかもしれませんが。)
 
それより、一度不利な調書を取られると、審判(はもうなくなったので今は取消訴訟)で決定的に不利になります。
 
そのことをよく肝に銘じて、納得がいかない場合には、絶対にサインしてはいけません。

代替的な取引先を容易に確保できない、の意味

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流通取引慣行ガイドラインでは、「市場閉鎖効果が生じる場合」として、
 
「「市場閉鎖効果が生じる場合」とは,
 
非価格制限行為により,新規参入者や既存の競争者にとって,
 
代替的な取引先を容易に確保することができなくなり,
 
事業活動に要する費用が引き上げられる,新規参入や新商品開発等の意欲が損なわれるといった,
 
新規参入者や既存の競争者が排除される又はこれらの取引機会が減少するような状態をもたらすおそれが生じる場合をいう」
 
と説明されています(第1部-3(2)ア)。
 
ここで、
 
「代替的な取引先を容易に確保することができなくなり」
 
と言っている部分については注意が必要だと思います。
 
というのは、市場の競争の実態によっては、取引してくれる取引先を見つけてくるのは大変なことも少なくないからです。
 
たとえば無名の中小企業がまったく新規の商品を開発して販売店で販売しようと思っても、簡単には販売店は取り扱ってくれないかもしれません。
 
パナソニックの創業者である松下幸之助氏の伝記などを読むと、幸之助氏が自転車用の砲弾型ランプを自転車屋に売り込むためにどれだけ苦労したかが述べられており、商売の難しさを実感させます。
 
つまり、良いものを作れば販売店は喜んで取り扱ってくれるのだ、というのは、取引の実態に合わないことが多いのです。
 
ところが、そういう商売の難しさを知らない人間が、この「容易に確保」という文言を文字どおりに解釈すると、代わりの販路を見つけるのが「容易」でなかったので違法だ、ということを言い出しかねません。
 
言うまでもなく、ここで問題なのは、排他条件付取引などの行為によって、当該行為がなかった場合に比べて容易でなくなったかどうか、なのです。
 
絶対的に「容易」かどうか、ではありません。
 
あくまで「行為ナカリセバ」の場合と比べての、比較の問題であることを見逃してはいけません。
 
これをもし川濱先生流に言えば(おっしゃるかどうかわかりませんが)、競争のベンチマークをどこにおくかの問題だということになるでしょうし、白石先生流にいえば(これも、おっしゃるかどうかわかりませんが)、行為と結果との間の因果関係の問題だ、ということになるでしょう。
 
これは法律論としては当たり前すぎて、それだけにあまりはっきりと言われることがないことなのですが、注意すべき大事な点だと思います。
 
そういう意味では、「容易に」などという、商売をなめたかのような表現は、あらためた方がよいと思います。
 
完全競争を前提に議論する経済学者や、仕事は向こうからやってくるのがあたりまえの役人が、「容易」かどうかを判断するときには、そういう誤解をしないように気をつけた方がよいです。
 
「容易」な商売など、どこにもないのです。
 
これが排除型私的独占ガイドラインの排他的取引の説明になると、
 
「・・・ある事業者が,相手方に対し,自己の競争者との取引を禁止し,又は制限することを取引の条件とすることにより
 
競争者が当該相手方に代わり得る取引先を容易に見いだすことができない場合には,
 
その事業活動を困難にさせ,競争に悪影響を及ぼす場合がある。
 
このように,相手方に対し,自己の競争者との取引を禁止し,又は制限することを取引の条件とする行為(以下「排他的取引」という。)は,排除行為に該当し得る(注12)。」
 
というように、「ことにより」であること(因果関係があること)が必要であると明記しているので、まだ問題は少ないように思われます。
 
わずかな違いですが、誤解を招くか招かないかという意味では、潜在的には大きな違いです。
 
このあたりに、文章を書く人のセンスが表れたりすると思います。

コマーケティングに関する相談事例

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医療用医薬品の共同販売(いわゆるコマーケティング)に関する相談事例として、「独占禁止法に関する相談事例集(平成14年1月~平成16年3月)」の事例3(医薬品メーカーによる新薬に関する情報提供活動先医療機関の振り分け)があります。
 
この事例は、
 
「医薬品メーカーが,
 
競争関係にある医薬品メーカーに新薬を供給するとともに,
 
両社間で情報提供活動先医療機関を振り分けることは,
 
独占禁止法上問題ないと回答した事例」
 
ということであり、コプロ、コマーケに関する判断が乏しい日本では貴重な相談事例といえるのですが、残念ながら、その判断内容はほとんど参考になりません。
 
まず、競争業者間の事業提携であるにもかかわらず、拘束条件付取引として分析しています。
 
これは、正しくは不当な取引制限として検討すべきでしょう。
 
確かに相談事例では、A社がB社に販売するという関係があるので、形だけ見れば、拘束条件付取引にあたるといえるのかもしれません。
 
一般指定12項の条文で言えば、
 
「〔A社が〕
 
相手方〔=B社〕と
 
その取引の相手方〔=病院〕との取引
 
その他相手方〔=B社〕の事業活動を
 
不当に拘束する条件〔=MR訪問先の振分け〕をつけて、
 
当該相手方と取引すること」
 
とうわけです。
 
しかし、拘束条件付取引の反競争性の発生機序は、他者を排除するか、被拘束者間の競争(ブランド内競争)を制限するか(競争停止)であると理論的には整理されており、競争事業者間の事業提携で問題とされる競争者間の競争停止(ブランド間競争の停止)をカバーすることができません。
 
そのため本相談事例でも、A社とB社が競合であるという観点からの分析が、少なくとも明示的にはすっぽりと抜けてしまっています。
 
でも本当に問題にすべきは、本件コマーケにより、B社が競合医薬品を積極的に販売することを控えてしまわないか、といった、ブランド間の競争停止の問題であるはずです。
 
相談事例では、
 
「(1)MRの振り分けは,薬効等の説明を行うことにより新薬を早期に浸透させるためであること,
 
(2)A社及びB社はそれぞれ互いの販売活動には関与しないことから、
 
A社及びB社が,MRの活動先医療機関の振り分けを行ったとしても,価格が維持されるおそれはなく,独占禁止法上問題ない」
 
としていますが、(2)の「互いの販売活動」というのは明らかに本件コマーケの対象である医薬品の販売活動のことでしょうけれど、問題は、たとえば、B社の医薬品を使っている病院にはA社のMRもB社のMRも情報提供にはいかない、というようなことが許されるのか、ということなのです。
 
あるいは、A社の同分野(相談事例では「甲医薬品分野」)の既存医薬品を使っている病院にはA社もB社も情報提供に行かない、ということもあるかもしれません。
 
これは十分にありうる話で、本件では市場シェア70%の有力な事業者がいるということなので、共同販売をする以上、ふつうであれば、A社もB社も、その70%のシェアをもつメーカーの市場を食ってやりたいと思っているはずです。
 
そうやって、大きなライバルと対抗するために、小さな競合間で結束していいか、というのが問題の本質のはずです。
 
このように、AB間で競争を控えることについて何ら触れられていないのは、この事例で公取委が不当な取引制限の観点から分析していないためです。
 
確かにA社とB社の間には取引関係はありますが、もしこのような場合に一般的に拘束条件付取引として処理し、価格維持のおそれがあるかどうかを基準にするなら、たとえば、
 
メーカーが小売店に商品を販売する(小売店は消費者に販売する)とともに、
 
メーカーが直営店やインターネットで消費者に直売もする、
 
というよくありがちな商流の場合であっても、メーカーが小売店の販売活動に関与することで価格維持のおそれがあるなら違法、ということになりかねません。
 
本件では、A社の新薬(相談事例では「a新薬」)の情報提供先についてだけ振り分けるということなので、それだけをみているだけでは、a新薬の範囲内での競争制限の有無しか視界に入ってこないことはあたりまえです。それではだめなのです。
 
さらに、もしこのような、純粋なブランド内競争の制限の場合(しかも1対1の場合)にまで「価格が維持されるおそれ」で違法かどうかを判断してしまうと、ブランド内競争は制限しつつ(=共食いは避けつつ)競合他社を食ってシェア(=売上)を伸ばしていく、という競争促進的な面があっても違法、ということになりかねません。
 
本件では、もしシェア70%の競合の市場を食っていくというためなら、共食いを避けることは当然認められてよいと思いますが、相談事例の論理だと、それすら認められない、ということになりかねないのです。
 
販売量の増大が見込める提携なのに、提携したとたんに提携先とガチンコで価格競争をしなければならない、なんていうことになれば、競争促進的であるにもかかわらず事業提携をするインセンティブが失われてしまいます。
 
そういうわけで、この相談事例は非常に問題の多いものであるといわざるをえません。
 
公取委の現在の実務でも、こういう競争者間の事業提携は不当な取引制限として処理するのが通例であり、本相談事例のように拘束条件付取引で処理しているのは異例であると言えます。
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