下請法4条1項3号では、下請代金の減額(下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減ずること)が禁じられています。
この点については下請法テキスト(平成30年11月版)52頁では、
「親事業者が,下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに,発注時に定めた下請代金の額を減ずることを禁止するものであり,「歩引き」や「リベート」等の減額の名目,方法,金額の多少を問わず,発注後いつの時点で減じても本法違反となる。」
と説明されています。
ここでは、減額の「名目、方法、金額の多少」は問わないとされていますが、これだけでは何が減額になるのか実ははっきりしません。
「下請代金の額を減ずること」ということの意味が、簡単そうで実は複雑だからです。
たとえば、親事業者と下請事業者との間に下請取引とは別のまっとうな取引があって、その取引の代金を支払うべき親事業者が当該代金額をたまたま同時期にあった下請代金債務と相殺することは、何の問題もありません。
たとえば、有償支給原材料等の早期決済の禁止では、早期決済に該当しないかぎり、有償支給原材料代金を下請代金額から「控除」することが、4条2項1号の規定上明文で認められています。
これを条文に照らして説明すると、有償支給原材料の対価を下請代金から「控除」しても、それは別の取引の代金を支払わせているだけで下請代金はいっさいいじっておらず、よって、「下請代金の額を減ずる」ことにはあたらない、ということなのでしょう。
ほかの取引の代金を支払わせただけで、下請代金は全額耳を揃えて払っている、という理屈です。
でも、別取引の代金を下請代金から控除して支払わせるというのがすべて「減額」にあたらないと言い切ってしまうのも(少なくとも公取委の運用を前提にすると)問題です。
というのは、そういう説明をすると、テキストに載っている減額の典型例である「協賛金」(p52)名目の減額の場合ですら、きちんと「協賛金提供契約書」があれば、減額にあたらなくなってしまうからです。
「物流及び情報システム使用料」(p52)なんて、きちんと「物流及び情報システム使用契約」があって、下請事業者による親事業者のシステム利用の実態があれば、下請代金の減額というのは無理だと思います。
おそらくポイントは、下請契約とは別の、「まっとうな」契約があるかどうか、でしょう。
「まっとうな」というのは、下請事業者が利益を得ている実態がある、という意味です。
おそらくこれまで減額とされたもので、たとえば「手数料」(p52)名目のものは、親事業者から下請事業者に対するサービス(「手数」)の提供の実態がなかった、ということなのだと思われます。
その観点からみると、テキストにあげられている名目のうち、
「歩引き」「リベート」「一括値引き」「基本割戻金」「協賛店値引」「協力値引き」「決算」「原価低減」「コストダウン協力金」「仕入歩引」「特別価格協力金」「不良品歩引き」「分引き」「値引き」
などは、その名前からして下請代金自体を減らす趣旨であることがあきらかなので、おそらくその名目どおりの契約書があっても、減額になるでしょう。
これに対して、
「本部手数料」「管理料」「手数料」「物流及び情報システム使用料」「物流手数料」「品質管理指導料」
は、もしこれらの名目が示唆するような、本部のサービス、管理サービス、何らかのサービス(「手数」)、物流及び情報システム提供サービス、物流サービス、品質管理指導サービスが親事業者から下請事業者に提供されている場合には、減らした分はこれらサービス提供の対価であって、下請代金の額を減じたわけではない、といえそうです。
ただおそらく実際には、これらの名目できちんと(まっとうに)サービスが提供されていることが少ない、ということなのでしょう。
あるいは、なんらかの「サービス」が提供されていても、
「そんなものはほんらい発注者が自分の負担でやるべきものであって、下請事業者に提供した「サービス」とはいえない」
と公取委に一蹴されてしまうかもしれません(たとえば、請求書処理手数料とか)。
以上に対して、あきらかな下請代金減額の趣旨でもなく、まっとうなサービスが提供されているわけでもない、という中間的なもの(あるいは、よく意味がわからないもの)として、
「一時金」「オープン新店」「協賛金」「協定販売促進費」「協力金」「協力費」「販売奨励金」「販売協力金」「年間」「割引料」
があります。
しかしこれらは、仮にきちんと契約があっても、下請事業者が一方的に金銭的負担を負うものであり、(形式的には下請代金自体を減らすというにはやや難があるものの)不合理な内容であるとして、あるいは、実質的には下請代金を減らしているものとして、減額にあたるとされるのだと思います。
あと、「支払手数料」というのがありますが、これは、親事業者が支払処理をしたことの手数料という意味でしょうが、支払処理をするのは支払者(親事業者)の当然の義務であってそれについて対価を請求できるようなものではない、ということで、やはり、契約書や支払処理業務の実態があっても、代金減額とされそうです。
実はこのように、減額か否かをわけるのは、控除相当額の発生根拠なのだと思います。
その意味で、テキストp52で、
「減額の名目,方法,金額の多少を問わず」
といっているのは、 実はあたりまえで、あまり意味がありません。
まとめると、
①実質が下請代金自体を減らす趣旨のもの→違法
②下請契約とは別のまっとうな商品役務の提供の対価分を控除するもの→適法
(ただし実務では「まっとう」でないことが多い。たとえば下請代金の一定のパーセンテージを控除するような場合、「まっとうな商品役務の提供の対価」がそのように計算されるわけがないので、通常は「まっとう」でないと認定されるか、①と認定される)
③下請契約とは別に、対価関係にある商品役務を提供することなく一方的に金銭負担を求めるもの→あきらかに違法
ということなんだろうと思います。
つまり、減額は合意があっても違法で形式的に判断されるといいながら、実際には、けっこう実質的な判断が欠かせない(まっとうな合意ならむしろ減額にあたらないのが当然)、ということです。
ところが公取委の事件解説などを見ると、少なくともその字面からは、まっとうな商品役務の対価(②)でも控除できないかに読める解説がよくされています。
たとえば公正取引823号60頁(柿本に対する勧告の解説)では、
「・・・下請法第4条第1項第3号は、親事業者が、下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、発注時に定めた下請代金の額を減ずることを禁止しており、
名目、方法、金額の多少を問わず、また、
本件のように親事業者と下請事業者との間であらかじめ文書又は口頭による合意があったとしても、
下請事業者の責めに帰すべき理由がない限り、下請代金の額を減ずる場合は下請法違反となる。」
と解説されています。
しかしこれを文字どおりに読むなら、まっとうな契約(たとえば原材料有償支給契約)があっても下請代金と相殺したら違反になると読めてしまいます。
もちろんそれはおかしいわけで、実際には、まっとうな契約かどうかが当然に(暗黙の内に)判断されていて、まっとうでないから違法だ、としているのです。
そして柿本の事件は、「販売協力金」として下請代金の一定率(1~5%)を引いていた、というものだったので、まっとうな(=下請事業者が対価を支払うべき商品役務の提供が親事業者によってなされている)契約でないことがあきらかでした。
もっといえば、下請代金自体を減額する趣旨だった(①)ということなのでしょう。
上の担当官解説は下請法テキストのままで、下請法の執行では下請法テキストが金科玉条ですので、こういう解説になるのはしょうがないんだろうなあと思いますが、きちんと論理的に説明すると、この解説はあやまりです。
でも、「まっとう」かどうかをいちいち判断しないといけないとはっきり書くと事業者が「まっとうな契約だ」と反論しだしてたいへんなので、そこは理由では書かないことにして、解説ではあたかも、まっとうな合意があってもだめであるかのような書きぶりになっているわけです。
でも中には、まっとうな契約かどうかにかかわらず、あらかじめ合意があってもぜったいにだめなのだと本気で信じている公取担当者もいるかもしれません。
これは、下請テキストが金科玉条であるだけにやっかいですが、そういうひとには「ちゃんと自分の頭で理屈を考えてね」というしかありません。
このような「まっとうな」契約かどうかでひょっとしたら微妙だったかもしれないのが、2012(平成24)年9月25日の日本生活協同組合連合会に対する勧告です。
この事件では生協連合会がいろいろな名目で減額しており、そのうち多くは下請代金の一定割合を差し引くあきらかな減額(上記①)だったり、一方的な金銭負担をもとめるもの(上記③)だったのですが、なかには、微妙なものもありました。
たとえば、勧告の、
「個々の会員からの発注数量を事前に下請事業者に連絡する場合があるところ,
下請事業者に対し,
「生産支援情報」として,
会員に対する納入数量を記載した書面のファクシミリによる送信枚数に一定額を乗じて得た額を負担するよう要請し,
この要請に応じた下請事業者について,平成22年9月から平成24年4月までの間,当該金額を,下請代金の額から差し引き又は別途支払わせていた。」
というのは、「生活支援情報」がまっとうな情報提供だったら、代金としてもファックス1枚あたりというサービスの従量制であったことからすると、まっとうな契約だったかもしれません。
何が微妙かというと、
「個々の会員〔=単位生協〕からの発注数量を事前に下請事業者に連絡する場合があるところ」
という部分だと思います。
もしこの情報提供が、下請事業者が取引をするうえで絶対に必要なものだったら、発注数量を知らせるなんて発注者としてあたりまえのことなので、それを「サービス」と称して下請事業者に負担させるのは「まっとうな」サービスとはいえないと思います。
でも勧告では、「連絡する場合がある」なんですね。
つまり、受発注に必ず必要な情報は別途提供されていることがうかがわれ、ここでの「生活支援情報」は、あくまでオプション的なものであることがわかります。
そのようなオプション的なものであって、下請事業者の同意もあり、しかも内容がきちんと有益なものであったりしたら、これは「まっとうな」サービスだと言えたんではないかと思います。
ほかには、
「自らが作成する販促物の作成費用を確保するため,
下請事業者に対し,
「販促ツール作成費用」として,
一定額を負担するよう要請し,この要請に応じた下請事業者について,平成22年9月から平成24年4月までの間,当該金額を,下請代金の額から差し引き又は別途支払わせていた。 」
というのがあります。
この「販促ツール作成費用」がもし、当該下請事業者の商品の販促ツールを作成する費用だったら、むしろ「まっとうな」契約であることがあきらかだと思います。
でもその額の定め方が「一定額」ということなので、たぶん、そういう、自己(下請事業者)の商品の販促ツール作成費用だったのではなくて、生協の販促ツール費用の全額または一部の額を適当に下請事業者にわりふっていたんではないかと思います。
このように、ほんらいはいろいろと実質的な判断がなされていたはずなのですが、ざんねんなことに、担当官解説(公正取引750号73頁)では、
「日本生協連は、これらの名目による減額を行うに当たり、いずれにおいても、事前に下請事業者から合意を得ていたが、
下請法においては、
仮に親事業者と下請事業者との間で事前に合意があったとしても、
下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、発注時に定めた下請代金の額を減ずる行為は、
下請法第4条第1項第3号(下請代金の減額の禁止)の規定に違反する減額として問題となる。」
と、合意の内実はとわないかのような紋切り型の説明がなされています。
事案の解決としてはこれでよかったのかもしれませんが、これではまっとうなサービスの対価ももらえないと誤解され、下請代金と相殺すると減額になるので別途支払わせる必要がある、なんていう、とんでもないアドバイスをする弁護士さんが出てくるかもしれません。
(まあそれでも、「まっとう」かどうか微妙な場合には、わたしも「相殺よりは別途支払のほうがリスクは低いんじゃないですかねぇ」くらいのアドバイスはするかもしれません💦)
比較的最近の事件でこの点をかなり詳細に解説した担当官解説のある事件として、2018(平成30)年3月26日のサトープリンティングに対する勧告があります。
この事件では、「生産システム利用料」「通信回線利用料」「パソコン利用料」等さまざまな名目で減額がなされているのですが、同事件の担当官解説(公正取引812号71頁)では、
「生産システム利用料」(発注数量等のデータを送信する発注者の発注システムの開発費・保守改修費等について一定額を毎月下請代金枯らさし引いていたもの)
については、
「発注業務・・・は、本来、親事業者の責任において行うべきもの」
という理由で減額にあたるとされ、
「通信回線利用料」(発注システム利用にあたり自社と下請とを専用で結ぶネットワークの接続に必要な費用)
については、
「・・・一般的なインターネット回線ではなく、加入した者のみが交信できる特定のネットワーク利用に係る費用であり、サトープリンティングが下請事業者に対し、発注する行為にのみ使用されるものであった。」
「このため、『通信回線利用料』は、下請法第3条第1項で発注書面の交付義務を負う親事業者であるサトープリンティングが負担すべきものである。」
という理由で減額にあたるとされ、
「パソコン利用料」(発注データを下請事業者が受信するためのパソコンについて自社が指定した機器を下請事業者に貸与し、当該利用料を下請代金から指しい引いていたもの)
については、
「これらのパソコン・・・は、発注システムを稼働させるためだけに利用されているもので、サトープリンティングが下請事業者に対して発注する委託業務の実施にのみ必要となる機器類であることから、当該機器類の利用に係る費用は、親事業者であるサトープリンティングが負担すべきものである。」
という理由で減額にあたるとされました。
このように、親事業者がほんらい負担すべきものだという理由を詳細に認定していることからもわかるように、反対に、下請事業者が当然負担すべきものなら減額にあたらないことになるはずです。
ところが同担当官解説では、代金減額がみとめられるのは、給付の瑕疵や納期遅れなど「下請事業者の責めに帰すべき理由」がある場合にかぎられ、上記各利用料はこれにあたらないので違法だ、と説明されています。
でも、瑕疵や納期遅れにあたらないなら減額だというなら、手数料の性質をほんらい親事業者が負担すべきものだという必要もないはずで、この説明はまったく支離滅裂だといわざるをえません。
長年続いている説明とはいえ、いいかげん、きちんと事実をありのままに伝えるべきだと思います。
また、このブログが一部の誤解を解く助けになればと思います。